第六話Cパート
作・ヒロポンさま
−翌朝
光を反射してきらきらとひかる埃が、ゆっくりと渦を巻いて流れていく様を見ながら、ユイカは、一つため息を吐いた。
昨日帰ってからも、シンジとの仲はぎこちないままだった。ミユキのいったことも全然分からなかったというわけではなく、なんとなくは納得できていたのだが、いかんせん自覚してしまった想いの意味が大きすぎて、どういう顔でシンジの前に立ったら良いかユイカには分からなかったのだ。
そんなこんなで、野良ペンギンのことも話していない。ペンギンのことシンジのこと、二つの事象は何時の間にか心の中で同期してしまっていた。
ふぅ
またため息一つ。その小さな音は、すぐにがやがやとした話し声の中に紛れ込んでしまった。
所は学校。二時間目と三時間目の間の休み時間。一人思い悩むユイカを尻目に教室は喧騒に包まれていた。
「ねぇ、ユイカ?」
それまで、ミユキと何やら話していたマナが、ユイカの机の前に立った。
「なぁに?」
気持ちの入ってないユイカの声。
「えーとね………聞きたいことがあるんだけど?」
「聞きたいこと?」
いつもの快活なイメージが影を潜め何やらもじもじした様子のマナに、怪訝な表情をする。
「碇君ってさぁ………碇君って、付き合っている娘とかいるのかなぁ?」
「はぁ?」
言葉の意味をしばらく咀嚼した後、急にユイカの顔が険しくなった。
「だから……その、いるのかなぁ、付き合っている娘とか…………」
「どうしてそういうこと聞くの?」
我知らず刺を含んだ言い方。その言葉尻をどうとらえたのか、マナは妙に焦った様子で、
「えっ!!ああっ……別に」
と言い。続けて可愛い唇をゴニョゴニョと動かした。
「ほら、単なる好奇心よ。ほんとに………碇君のことが気になってるとか笑顔がステキだなぁとか……そういうことじゃ、まったく全然一切ないのよ」
マナの見事なまでの自爆に、ユイカの視線がさらに剣呑なものになった。
「ふーん」
−やっぱり…………この娘は要注意だわ
「…………それで、いるのかなぁ付き合っている娘?」
なんだか何時もと違うユイカの様子に気圧されながら質問する。無理矢理作った笑顔は、どこか引きつったように見えた。
「…………いるよ」
少し考えた後で、ユイカはそう答えた。頭に浮かんだのは母親の顔だ。
「うそっ」
マナは、期待に反した答えを受けて、くりくりした目に落胆を浮かべた。わかりやすいといえばわかりやすい娘である。
「ほんと……」
ユイカはそっけなく止めを刺した。
「そっ、そうなんだ………あっ、そうなんだぁ………ごめんね変なこと聞いちゃって……そっかぁ、いるんだぁ………ふーん………」
「もしかして…………その付き合っている娘って、ユイカ?」
ためらうそぶりを見せながら、マナは以前から思っていたことを口にした。その質問が、ユイカの心を刺激する。今度は、はっきりと不快感を滲ませて、ユイカは
「違うよ…………私も知らない人」
とぶっきらぼうに答えた。
「そうかぁ………」
マナは、傍目から見ても分かるほどがっくりと肩を落とすと、「そっかぁ、そっかぁ」と口の中でブツブツ呟きながら自分の席に戻っていく。その後ろ姿をユイカは無表情に見詰めていた。
「ほぇぇ……マナがシンジさんをねぇ」
後ろの席でちゃっかりと二人の話を聞いていたミユキが、自分の席について何やら考え込んでいるマナの横顔を見ながら言った。
「…………それにしても、ユイカも大変ねぇ」
シャーペンをぷらぷらさせながの軽い声。まるっきりの人事。
−パパに近づく女は、たとえ友達でも許さないんだから
平和そうな親友をよそに、一人物騒な思考に耽ける惣流ユイカ14歳であった。
−同刻
シンジは、休み時間と同時に教室を出てトイレにいっていた。
用を足してトイレを出ると、何とはなしに廊下の突き当たりに向かって歩き出す。そこには、やや大き目の窓があって、いつも生徒達の溜まり場になっているのだが、その時に限っては誰もいなかった。
開け放たれた窓から吹いてくる風を頬に感じながら足を進めていると、横合いの階段からアスカがひょっこり顔を覗かせた。
その顔はシンジを見つけて輝いている。まさに、ひょっこりと言う言葉が似合いなその挙動は、傍から見て微笑ましいものだった。
「シ〜ンジ」
周りに生徒がいないことを確認してからアスカはあまやいだ声をあげると、シンジの反応を待たずに、その手を引っ張って、階段の踊り場に引っ張り込んだ。
「なにしけた顔してるのよ?」
覗き込むようにしてそう問いかける。確かに、一人廊下を歩いていたシンジの顔は、お世辞にも冴えているとは言いがたかった。
「えっ………うん」
「ユイカのことでしょ?」
「………うん」
「しょうがないパパねぇ、アンタは…………ちょっと来なさい」
アスカはそういって、さらにシンジを引っ張って、階段を降りていく。
幸いこの階段は、職員室に通じる廊下に下りていくもので、上の階ににある音楽室や美術室に用がある以外、生徒はあまり使用しない。だから、二人は誰にも目撃されることもなく職員室と同じフロアにある生徒指導室に入る事が出来た。
「アスカ、何も学校でユイカのこと話さなくても……」
黙って付いてきたわりには………のシンジの発言。
「別にそれだけのためにここに来たわけじゃなわよ」
なんだか迷惑そうな言い方に、アスカは、少し膨れっ面をした。
「じゃあ、何のために?」
「うん?……そんなの、シンジとこうしたかったからに決まってるじゃない」
そう言って、アスカはソファに座っているシンジの後ろに回ると、腰をかがめるようにしてギュッとその首っ玉にかじりついた。そのまま黙って、何かの音に耳を澄ますようにじっと目をつぶった。
耳元にかかるアスカの吐息からは、最前までの快活な様子が漂ってこなかった。シンジは、アスカをたしなめようとしたが、背中に感じる雰囲気に口を閉ざした。
「ごめんねシンジ。最近のユイカとシンジがぎこちないのって、日曜後のあれが原因なんだよね」
「…アスカ」
シンジの視線が、自分の胸元にかかったアスカの二の腕に注がれた。
「いつもシンジに甘えたがっているアタシがいけないんだ………今もこうして甘えてる…………母親失格だよね」
「アスカ………そんなことないよ。アスカは良い母親だよ。ユイカのことも立派に育ててきたんじゃないか」
視線を注いでいた二の腕にそっと手を添える。
「……ありがと」
はずかしげに口にしたその言葉に、シンジの胸が高鳴った。その動悸をゆっくりと静めながら、彼は自分の不安を口にした。
「……………でも、僕はどうだろう?良い父親じゃないのかもしれない」
言った後で、彼は少しだけ後悔した。自分の妻である人に余計な心配をかけたくない気持ち。でも、きっと、思っていることや心配なことを口にしない方が、彼女のことを悲しませるのではないかと思って、小さい後悔を胸の中に沈めた。
「そんなことない、シンジは良い父親よ。………それにユイカが機嫌を悪くしてるのは父親としてのシンジにたいしてじゃないと思う」
夫の黒い髪の毛をくしゃくしゃと撫でながら言う。どこか、微笑ましく思っているような、そんな表情。同じ女として、娘が父親にたいして抱いている想いを、アスカはそれとなく察していた。どこか遠くを見据えたような視線の先には、一人娘の姿が映っていたのかもしれない。
「どういうことアスカ?アスカにはユイカのことが分かるの?」
「…………うん……まあ……同じ女だからね」
シンジは、その言葉を聞いて、そんなものなんだ、とだけ思った。
「ふふん……バカシンジはいつまでたっても“にぶちん”よね」
訳の分からぬままに納得した様子のシンジが、アスカには可笑しくてたまらなかった。この罪作りな夫が、自分と娘の心をしっかりと握っていることも、なんだかうれしくてたまらなかった。彼女にとってユイカは、自分の過ごした月日の象徴。失われた時間を費やしたその娘が、自分の愛する男に惹かれているのは、しごく当然なことのように彼女には、思われた。無論…………実際問題として、シンジは自分だけの男だとは思っていたけれど。
「ユイカとのことはきっと大丈夫よ。アタシ達の娘だもん」
彼女は、母親特有の奇妙な確信を込めて、そう言った。
「そうだシンジ!帰ったらアルバム見せてあげる………まだユイカの小さい頃の映像とか見せてなかったわよね」
「うん……そう言えば見てないな」
「ああっどうしてこんな大事なこと忘れてたんだろう。帰ったら一緒に見よう。アタシ達の娘の成長するところ…………」
さらにシンジを強く抱きしめたアスカの胸が、シンジの背中に当たる。
「うん…………………あの……ごめんねアスカ、心配かけて」
「ばぁか……アンタとアタシの間で、そんなこといいっこなしだよ。……シンジ」
赤く染まり、少しだけ暖かくなったシンジの頬に、アスカが頬を擦りつけた。
*
「えーと、これと…………これ………あとは………」
学校が終わり帰宅したアスカは、自分とシンジの寝室で、ごそごそと探し物をしていた。小さなデスクの引き出しを次々と開けて、数本のディスクを小脇に抱える。彼女は、手の中のディスクを確認して満足そうに微笑むと、小走りに近いはや歩きでリビングへと向かっていった。
「シンジィお待たせぇ」
ソファに腰掛けたシンジに声をかける。
「そんなにあるんだ」
シンジは、アスカの手元を見て少し驚いた顔をした。
「うん………本当は、編集すればもっと少なくなるんだけど………」
言いながら、テレビの前に引っ張り出した再生装置にディスクを次々と入れていく。そして、液晶ディスプレイを見ながら再生順をプログラムして、シンジの横にちょこんと腰掛けた。
「ずぅとね………撮った映像確認とかしなかったんだ…………シンジが戻る前は、自分の過去を振り返るのが嫌だった…………どんなに映像を確認したって、そこにはシンジの姿が映ってないんだもん」
そう言ってシンジの肩に、ぽてっと顔を置いた。
シンジは黙って、膝の上に置かれたアスカの手を握った。
「ほら………始まるよ」
一瞬画面が暗くなった後、ベビーベットの上に腰掛けて、つぶらな瞳をこちらに向けている赤ちゃんが映った。
「「はーい、ユイカちゃぁん、こっち向いてぇ…………えーと、今日は2017年の×月22日、ユイカちゃんはまだ四ヶ月です」」
カメラを持ったアスカの声が部屋の中に流れる。
「………可愛いね、ユイカ」
「でしょ」
誇らしげなアスカの声。
手を繋いだまま微笑ましく画面を見る両親の前で、画面の中のユイカは、自分の膝元にあったゴム製の乳首を手にとって、口にくわえた。
「「ユイカちゃぁぁん」」
画面のこちら側にいた−13年前のアスカがまた声をかけた。
その声に答えて、ユイカが「ああっ」と口を開けた拍子に、ゴム製の乳首が、また足元に落ちる。すると、ユイカは赤ん坊とは思えぬ素早い動作で、またそれを拾い上げて、口にくわえた。
「ぷっ……ふふふふふふっ、あの娘ったら、この頃絶対チュウチュウ(ゴム製の乳首をアスカはこう呼んでいる)を手放さなかったのよ」
「そうなんだ」
言いながら、画面の中で、また同じ事を繰り返したユイカに笑ってしまうシンジ。
「この頃ねぇ、ユイカをベランダであやしていた時に、この子がこの調子で、チュウチュウをマンションの下に落としちゃったことがあったのよ。そしたら、この子ったら、寝付いたばかりなのにパチッと目を開いて、急にわんわん泣き出しちゃって………結局、夜中にユイカを抱えて、マンションのしたの道路で、落ちたチュウチュウを探し回る羽目になったわ」
遠い目をして、画面の中のユイカを見詰めるアスカは、シンジがあまり見ることのない母親の表情をしていた。
−こんなアスカも………いいな
切り替わった場面、歩行器の中に入ってレイに手を引かれているユイカを見ながら、さらに思い出を語る妻の顔を、彼はあくことなく見詰めていた。
*
−同刻
その頃、自分の恥かしい姿(?)をパパに見られてしまっていることを知るよしもない娘は、いつもの公園でペンギンに餌をやっていた。
「クェ」
もしゃもしゃと無心にパンを食べているペンギンを見ていると、なんだか心が和んでくる。なんとなく空を眺める。風に吹かれて、さらさらと流れる茶色い髪が額をくすぐる。
−……………雲一つない………こんなに良い天気だったんだ。
「……………青い空」
空を見上げながら、口に出していってみる。
「クェッ」
ペンギンもつられるように、空を見上げた。
−私はパパとママの娘。パパとママのことが好き。
−そして、私はパパのことを男の子としても好き……………
改めて自分の心を確認してみると、思ったよりも嫌な感じはしなかった。好きという気持ちが引きずり出す様々な欲望を想像して、何とか思い悩もうとしてみたが、なんとなく思考が停止してしまう。
単に時間が経ったから落ち着いたのか、それともそんな自分を受け入れる事が出来たからなのか、ユイカには良く分からなかった。
冷静に考えれば、父親に心を寄せるというのはインモラルなことだ。ユイカのためらいや苦悩も、すべてはそれが原因だった。
でも、一旦自分の中に、父親への想いを感じてしまうと、その事が別段、責められるようなことではないようにも思えてくる。
無意識のうちにユイカは、ペンギンの頭をなでなでと撫でていた。
「チクチクチク」
呟くような声が出る。
チクチクした飾り毛の感触を手のひらに感じながら、ユイカはボーッと考えつづけた。
数分の後、ユイカは
「そう言えば……君に名前を付けてなかったね」
なんてことをペンギンに向かって話し掛けた。
結局、そんなこと以外頭に浮かばなかったのだ。
*
「ユイカったら、シンジと同じで全然泳げないのよ……くっぷぷ、ほら、レイが手を放したらすぐ沈んじゃうでしょ」
「ぷっ・・ほんとだ」
帰宅したユイカが、玄関先の廊下からダイニングへと続く扉を開けた途端、両親のそんな会話が耳に飛び込んできた。
…………?
不審に思いながらもスタスタと歩いて、リビングを覗くと、仲良くソファに腰掛けた両親の後頭部が見えた。そして、その先のテレビの画面には、今まさに水に沈もうとしている5歳の自分が映っていた。
「ちょっ…なにしてるの?」
思わずあげた声にアスカとシンジが振り向く。
「あら」
アスカは、やおらソファから立ち上がると、ダイニングに鞄を置いて呆然と立っているユイカに近寄って、ガバッと抱きしめた。
「おかえりぃユイカちゃん」
艶然と微笑むその笑顔。アスカは映像を見ているうちに、母性本能をくすぐられまくって、どうしようもない状態になっていたのだ。
抱き合う母娘の後ろで、シンジも控えめに「おかえり」と声をかけた。
「ただいま」
自分の頬に擦り擦りする母親に焦りながら、ユイカも律義に言葉を返した。
「ユイカもこっち来て一緒にみよ」
アスカはそう言うと、ユイカの手を引っ張って、シンジと自分の間に腰掛けさせる。
「あの……遅かったね」
「えっ……うん……ちょっと」
答えるユイカ。自分の想いを確かめてからは、こんなにシンジと近づいて話すのは初めてだった。自然に頬が赤く染まる。
「今日ぐらいだったらいいけど、昨日みたいに遅くなる時は、ちゃんと連絡いれなさいよ。あんたのパパは心配性なんだから」
「うん……今度からそうする」
ユイカは素直に頷いた。
「「ほんとに、ユイカはパパに似て、ぼけぼけしてるのねぇ」」
テレビから流れてくる声に、三人は注意を画面に向けた。
「こんな映像があったんだ」とユイカ。
「そうよ…………ユイカ可愛い」
アスカは、そう言いながら、横に座っているユイカを再び抱き寄せて頬を擦り擦りする。
「ちょっと、ママァ」
「もう、ほんと、昔はこんなに小さかったのに…………胸もぺったんだったのにねぇ」
そう言いながら、アスカはユイカの胸をぺたぺたと触る。
「ちょっと、駄目だってママァ!」
ユイカは咄嗟に、娘の成長を確認するアスカの手から逃れて、側にいるシンジに抱き着いた。少しだけ勇気を出して、自分の心を確かめてみたかったのだ。学校から帰ってからそのままの制服姿、シンジは少しだけ汗の臭いがした。
「助けてパパ、ママがいじめる」
甘えた声。シンジはユイカの柔らかい感触にどぎまぎしながらも、その打ちとけた様子にほっとしていた。
ふと、茶色の頭越しにアスカとシンジの目が合った。「ほら、心配なんかしなくても、大丈夫だったでしょ」瞳でそう語り掛けるアスカに、シンジは黙って肯いてみせた。
「駄目だよアスカ、ユイカをいじめちゃ」
おどけた調子でそう言う父親の胸の中で、ユイカは自分の気持ちを一人確認していた。
どきどきと安心。
わかったことはただ一つ。ユイカは、この父親であり男の子でもある碇シンジのことが、どうしようもなく好きだという事。
「別にいじめたわけじゃないわよ………ほら、ユイカ・シンジ、続きを見よ」
促すアスカの声に、二人が再び画面を向いた。
いつかの午後。リビングの床で、アスカと6,7歳かと思しいユイカが、タオルケットにくるまって仲良く御昼寝していた。撮影者は、レイだろうか、小さい声で何やら喋っている。
「…………懐かしいわね」
呟くアスカ。
ユイカは、その場面を記憶していなかったが、なぜか匂いだけは覚えていた。
ふいに香った、日の匂いを吸い込んで、ソファの背もたれに頭をもたれる。右側からはアスカの温み。左からはシンジの温み。
−私、何を悩んでたんだろう。
そんな思考がユイカの頭の中に浮かんで、消えた。
*
−翌日
「……………それでね、私は思ったのよ。私の居場所はあそこなんだって。ずっと、ずぅーっと離れていた私たち家族が、やっと一緒になれた。私は、そんな今が好き。誰よりも仲が良い、パパとママのことが好き。そして………そして、男の子としてのパパが好き。これって、矛盾してるけど矛盾してない。うまく言えないけど……ミユキがいってくれたみたいに、このままの私でいいんだって、それに気が付いたんだ」
数日前、父親が寂しげに佇んでいた学校の屋上で、ユイカは訥々と自分の思いを語っていた。誰かに語り掛けることで、自分が確認した想いを更に確認したかった。授業の間の短い休み、辺りに人影はなかった。
「ふ〜ん、なるほど、私のナイスアドバイスがきいたのね」
そう言って「うんうん」と肯いた相手は、やはり加持ミユキ。こういう時は、彼女以上の適任はいない。
ユイカは、水素よりも軽い親友の言葉を黙って聞きながら、遠くに霞むビル群を眺めていた。綺麗な茶色の瞳が日の光にきゅっと縮まっている。ユイカの心は今を突き抜けて、近しい未来に思いをはせていた。
−………………いつまでも今のままじゃいられないかもしれないけど………………今は、そう、とりあえず今はこれでいい。
予感に満ちた想いは、しかし、すぐに思考のなかから消えた。
「じゃあ、すっきりしたところで、ペンギンのことも話さないとね」
「うん、今日連れて帰るつもり」
「いきなり連れて帰っちゃうの!………ユイカってなんだかんだいって、アスカさんにそっくりだよね…………」
呆れたような親友の声に、ユイカは「べーっ」と可愛く舌を出した。
*
いつもユイカ達が通る公園。その公園のはずれ。大きな池の傍に備え付けらたベンチに、碇レイは腰掛けていた。
正午過ぎ、木々の梢が作った影の下、和らいだ風に空色の髪を揺らしながら、文庫本のページを規則正しいペースで捲っていく。
そこに漂う静かな沈黙は、ゆったりとした午後の時が与えるものではなく、そこに座る女性が自ら身に纏っているもの。気に入った一節があるたびに、白皙の肌に映える桜色の唇が小さく紙の上の単語をなぞっていく。
平日の昼間。レイがこんな時間にこんな所にいることは別段珍しいことではない。MAGI2の開発・碇シンジサルベージ計画、ここ数年来ネルフ日本支部が携わってきた大プロジェクトが終了して以来、本来のフレックスタイム制を活用して、彼女はしばしば、こんなゆったりとした時間を過ごしているのである。
一段落付いたのだろうか、レイは、文庫本にしおりを挟むと、自分の横においていたバスケットのふたを開けた。
中には、保冷剤付きの容器に入ったペットボトルと手作りパウンドケーキ。ペットボトルの中身はアイスティーだ。
レイの白い手がパウンドケーキに伸びる。ちょうど、その手にケーキを捉えた瞬間、ベンチの背もたれの隙間から出てきた黄色いくちばしが視界に入った。
真紅の瞳に、困惑の色が浮かぶ。
「………………あなた誰?」
物欲しげに自分の手の中のパウンドケーキを見詰めているくちばしの主に、レイは真面目に問い掛けた。
「クエッ?」
さあ?私にはとんとわかりませんが?とでも言いたげな鳴き声。
うららかな午後の日差し、柔らかな風によって出来た波が、池の水面をゆっくりと渡っていく。しばしの間、一人と一羽は、お互いに不思議そうな顔をして見詰め合っていた。
沈黙を破ったのは、比較的口数の多い方だった。
「あなた…………ペンギンね」
「クエッ」
「ケーキ……欲しいの?」
「クエッ」
「そう……欲しいのね」
「クエッ」
ペンギンを相手にしての奇妙な対話の後、レイは一人納得して、手の中のケーキをそっとペンギンの前に差し出した。その拍子に、何時の間にかバスケットの上に止まっていたとんぼが一匹、驚いて飛び去った。
ペンギンは、少し警戒するようにレイとケーキの顔を見比べてから、パクッとケーキに食らいついた。
「おいしい?」
ペンギンは、もしゃもしゃと食べながら、羽をパタパタと動かした。レイはその仕草に目を細めると
「ペンギンって雑食だったのね」
と小さく呟いた。
どうして公園にペンギンが?などと言う俗な疑問は、一切頭に浮かばなかったようだ。
第六話Dパートに続く
みゃあと偽・アスカ様(笑)の感想らしきもの<限定版>
みゃあ「おほんっ。・・・ほー・・・『シンジはあたしの男』か・・・」
アスカ様「(かぁ〜・・・っ)ちょ、ちょっと何言ってんのよ、あんたっ!」
みゃあ「何言ってんですか。アスカ様が自分で言ってるんでしょ?」
アスカ様「そ・・・そんなこと言った覚えないわよっ!!」
みゃあ「へえ?だってその後ほっぺにすりすりしたり、ぷにぷにしたり、あまつさえいんぐりもんぐりしてたじゃありませんか!」
みきめしっ!
アスカ様「・・・してないっての」
みゃあ「ま、まあそれはともかく・・・」
アスカ様「・・・なによ?」
みゃあ「コホン。・・・・・レイ母さーーーーんっっ!!」
こけるアスカ様。
アスカ様「いっつー・・・何なのよいきなり・・・」
みゃあ「いや、とりあえずレイ母さんへの愛を確認しとこうかと思って・・・えへ(^-^)」
アスカ様「・・・なんなの、コイツは(^-^;」
みゃあ「いやあ・・・今回もレイ母さんは可愛かったですねぇ(^-^)。まったくどこかの暴力性で娘にまで焼もちやく母親とは段違いですよ」
アスカ様「・・・誰のことよ」
みゃあ「い、いえ・・・別に誰とは・・・」
アスカ様「言ってるも同然でしょーがっ!!」
どばきぃっ!
みゃあ「いやーーーーーん!」
やっぱりキラーンと星になる。
.
.
.
ユイカ嬢「良かったね、レイ母さん。出番があって(^-^)」
レイ「・・・・・(どうせならシンジと一緒に出たい・・・と思っている)」
ユイカ嬢「レイ母さん・・・?」
レイ「(にこ・・・)そうね」
ユイカ嬢「えへへ・・・」
ミサト「あの・・・あたしも出たいんスけど(T-T)」
読んだら是非、感想を送ってあげてください。