第六話Dパート

作・ヒロポンさま

 


 

「はい、それじゃあみんな、気を付けてかえるのよ」

 

堂にいったアスカのその言葉と同時に、教室はがやがやと騒がしくなった。

 

「はーーーーーい、惣流先生」

 

間抜けな返事をかえす男子達におざなりに手を振ると、アスカはさっさと教室を出て行く。そのさっそうたる姿をボケらっと見詰めている姿を、女子連が、呆れたような顔で見ていた。

なにはともあれ、これが2年A組の放課後の風景。

 

「ふわぁ」

 

そんな教室の窓際に座っていた加持ミユキは、口を大きく開けて大あくびをした。その後両手を挙げて、伸び一つ。

彼女は、この放課後の開放感がなによりも好きだった。

 

−この瞬間のために学校に来ているのかも………………そう、人は学校から帰るために学校に行くのよ。

 

ぎゆっと拳を握って一人肯くミユキ。その姿をユイカが不思議そうに見ていた。

 

「なに不審な行動とってるのよ、ミユキ」

「不審って何よ、失礼ね」

「不審は不審よ」

 

その言葉に更に反論しようとする親友をほっといて、ユイカは、机の上に置いた鞄を持つと「さあ、帰ろうか」と言って立ち上がる。タイミングを外されたミユキは、ちょっとだけ不満そうな顔をしたが、すぐに何かを思い出した様なそぶりをして、にんまりと微笑んだ。

 

「ねえ、ユイカ」

「なに?」

「今日は、久しぶりにシンジさんも一緒に帰るんでしょ?」

 

からかい口調で言って、意地悪く微笑むミユキ。どうやら仕返しらしい。

 

「そうよ。ペンギンのこともあるし……」

 

照れたようにそう口にするユイカ。意外と普通のユイカの反応に、ミユキは、肩透かしを食らってしまった。まあっ、いいか、そんな気持ちで自分も鞄を持って、教室の出口へと鼻先を向けた瞬間、ミユキの顔に再び、からかうような笑いが帰ってきた。

 

「ユイカ、シンジさんは、もう誘ったの?」

「えっ……まだだよ」

「そう………じゃあ、急がないとね」

「どうして?」

「だって………………シンジさん、マナに誘われてるもの」

 

ぼそっと口にされた言葉を受けて、ユイカは、びゅんっと勢いよく振り返った。

視線の先には、霧島マナに何やら話しかけられて、困ったように笑っている父親の姿があった。

その光景をロックオンした瞬間、ユイカの目付きが剣呑なものに変わる。親友から発せられるただならぬ気配に、ミユキが複雑な笑顔を浮かべた。

 

−やっぱり、ユイカって、アスカさんの娘なのね。

 

そんな感想を抱くミユキをよそに、ユイカはすたすたとシンジの方に向かっていく。ユイカは、丁度シンジとマナの会話に間が出来たのを見て取ると、すかさず間に割りこんで、シンジの手を取った。

 

「パッ……シンジ君、一緒に帰ろう」

「えっ、あっ、…………うん」

 

突然の娘の行動に、目を白黒させながら、シンジはコクリと肯いた。

 

 

「じゃあ、霧島さん、またね」

 

ぐいぐい手を引っ張るユイカに引きずられながら、シンジはマナに手を振った。

 

「じゃあねぇ」

 

笑顔を貼り付けて、ユイカも手を振る。

 

「えっ、あっ……じゃあね」

 

マナは、突然の展開に呆然としながら、二人に手を振り返した。

 

 

 

 

「あれは、ちょっと、唐突よねぇ…………」

 

校門へと歩きながら、呆れたような声でミユキが言った。

 

「だって……………」

 

ミユキの言葉に落ち込んだような雰囲気のユイカを見て、シンジがすかさずフォローする。

 

「でも、ちょうど霧島さんとの話も終わったところだったし、別に可笑しくないんじゃないかな」

「そうだよね」

 

ユイカはシンジの言葉に嬉しそうに肯いた。

 

「ところでシンジ君。マナとどんな話をしてたの?」

「えっ、別に、普通の世間話だよ」

「ふーん……………最近、マナとよく話してるよね」

「そうかなぁ………普通だと思うけど」

 

そんな親子の会話を、ミユキが面白おかしそうに眺めていた。

 

 

 

 

ユイカとシンジ、そしてミユキは、いつもの帰り道をゆったりと歩いていった。

三人で歩くのは、数日ぶり。ユイカが話し掛け、シンジがそれに答え、ミユキがまぜっかえす。そんなことを繰り返しているうちに、三人はいつもの公園に着いた。

 

「こっちから帰るの?」

 

車止めのある公園の入り口に差し掛かったところで、確認するようにシンジが言った。この公園を通って帰った方が、少しだけ遠回りなのだ。

 

「うん…………ちょっと見て欲しいものもあるし」

「見て欲しいもの?」

「うん」

 

肯くと一人スタスタと公園へと入って行く。

シンジは問いかけるような目線をミユキに向けたが、ミユキはにこにこと笑っているだけで何も答えなかった。

 

 

 

ユイカの先導で三人は公園の散歩道を歩いていく。しばらくすると、ミユキがペンギンを見せてもらった例の茂みに着いた。

 

「ちょっと待っててね」

 

ユイカはシンジにそう言うと、芝生の中に踏み込んで、茂みの前に立った。

 

「きたよー……」

 

そんなに大きくはないが、良く通る声が辺りに響く。

これから何が起こるかわかっているミユキは、ペンギンが顔を出すであろう辺りをじっと凝視していた。

 

 

「…………………」

 

 

「…………あれ?」

「どうしたのユイカ?」

 

突然茂みに向かって語り掛けて、今は何やら不思議そうな顔をしている娘に、戸惑い顔のシンジが問いかける。

 

「おーい」

 

ユイカは、その質問に答えずに、きょろきょろと潅木の茂みを覗き込みながら、再び声をあげた。

 

「ユイカ………いないの?」

 

事情が分かっているミユキが、芝生の中に入って、ユイカと共に茂みの中を覗きこんだ。

訳が分からぬままその様子を見詰めているシンジの前で、二人はどんどんと茂みへと分け入って行く。

 

「あれぇ……どこ行っちゃったんだろう」

「………どこか、その辺歩いてるんじゃない……」

「でも……いつも同じ時間に、この場所で私を待ってたんだよ」

「じゃあ……公園から出ていったとか………」

「そんなはずないよ」

「誰かが、連れて帰ったとか」

「そんなぁ」

 

がさがさと動く茂みの向こうからそんな声が、聞こえてくる。

シンジは、しばらく考えた後、鞄を芝生の中に置くと、自分も茂みの中に分け入っていった。

 

 

「パパ、ペンギンがいないの」

 

シンジのワイシャツのすそをきゅっと掴んで、ユイカが泣きそうな声を出した。

セリフの内容だけ見ると、大好きなペンギンのぬいぐるみをなくしてしまった女の子が、そのやるせなくも悲しい気持ちを父親に訴えかけているように聞こえる。しかし、実際そのセリフを口にのぼせたのは年頃の女の子、訴えかけられたのは同い年に見える男の子なのだから、なんとも奇妙な光景である。

 

「ペンギン?」

 

何がなんだかわからないままに、ユイカ達と近辺を捜索したシンジであったが、ユイカの言葉を受けて、さらに訳が分からなくなっていた。

 

「そう、ペンギン。この前の日曜日にこの公園で見つけて、それからこっそり飼ってたんだけど………そのペンギンがいないの」

「飼ってた…ペンギンって……。もしかして、見せたいかったものって、それ?」

 

ユイカは黙って肯いた。

こんな事ならもっと早くシンジに相談して、自分の家で引き取れば良かった。すっかりペンギンに情の移っていたユイカは、そんなことを思って深く後悔した。

 

「ペンギン……どうして、こんな公園にペンギンが………。それは、どういうペンギンだったの?」

 

シンジのその質問に、ミユキがペンギンの特徴を簡単に答えた。

その特徴を聞いているうちに、シンジの顔に困惑の表情が広がっていく。

 

「…………ペンペン?」

 

そう、ペンペン。14年前、生活を共にした温泉ペンギン。ミユキが述べた特徴は、そのペンペンの姿に酷似していた。

 

「ペンペンって、昔ママが飼っていたペンギンのことですか?」

「うん。ミユキちゃんの話を聞くと、ユイカが飼っていたペンギンって言うのは、そのペンペンに似てるんだ」

「へぇー、そう言えば、そうかなぁ………。私は、昔の写真を一,二度見ただけだから良く覚えてないけど。でも、それじゃあ、あのペンギンはただのペンギンじゃないかもしれないんだ……」

「うーん、でも、ペンペンは今、委員……洞木さんの妹と一緒にアメリカにいるはずだし………………」

 

そう言って腕を組む。温泉ペンギンなど早々いるものではない。というより、ペンペン以外に存在するはずがないのだ。

振って湧いた疑問に頭を働かせているシンジ。その横で、ミユキもしかつめらしく腕を組んで考えるそぶりをしていたが、実はなにも考えていなかった。その姿を黙って見詰めていたユイカは、父親の細い肩口の向こうに見知った人影を見つけて、ポツリと呟いた。

 

「あっ…リツコおねーさんとマヤさん」

 

シンジ達が振り向くと、果たしてそこに立っていたのは、赤木リツコと伊吹マヤであった。

 

「あなた達…………」

 

リツコ達の方でも、三人に気付いた。なんとなく二組は互いに近寄って、中間地点で相対した。

 

「最近、良く会いますね」

 

そう言うミユキに、曖昧に笑ってみせるリツコ。

 

「どうしたんですか、こんなところで?」

 

当然の疑問をシンジが口にする。

 

「うん、まあね……ちょっと探し物を」

 

リツコははぎれ悪く答えた。

探し物。ペンペンに似たペンギンの存在。二つのことが、シンジの中でなんとなく重なった。もし、ユイカ達が探しているペンギンが、シンジの知る温泉ペンギンであるならば、目の前に立っている科学者が、それに関係しないはずがない。

 

「あの、リツコさん……この辺でペンギンを見ませんでしたか?」

 

シンジは、探るような目で、問い掛けた。

その質問に、リツコは、横にいたマヤと顔を見合わせる。

リツコは、苦笑気味に口元を歪めた。

 

「シンジ君達もペンギンを探しているのね。私たちの探し物って言うのも、ペンギンなのよ」

 

その答えに、ユイカとミユキは目をしばたたかせた。

 

 

 

 

弱くなった日差し。夕方に近づきつつある空の青は、何種類もの薄い青を重ね塗りしたような、微妙な色合いをもって頭上に広がっていた。

そんな空の下、リツコとマヤは、ペンギンを探して公園の茂みの中を歩いていた。

 

「こんなことなら、一昨日、ユイカちゃん達にあった時に、ペンギンのことを聞いておけばよかったですね」

 

池を挟んで反対側の茂みへと顔を向けながら、マヤが言った。おそらく、シンジ達は、その辺りを探索しているであろう。彼らは話し合って、二手に分かれてペンギンを探すことにしたのだ。

 

「そうね…………」

 

怜悧な顔だちを硬くこわばらせて、リツコが相槌を打つ。人を寄せ付けないその態度の裏を知っているマヤは、そこに漂う感情を読み取って、悲しそうな顔をした。

 

「先輩…………………また昔のことを思い出してるんですか?」

 

ここ数日の迷いに満ちたリツコの様子を、彼女は切実に心配していた

 

「マヤ……」

 

リツコは、驚いたようにそう言って、掻き分けようとしていた枝から手を放す。勢いよく戻った枝が、カサッと音を立て、その拍子に数枚の葉っぱが、リツコの足元に落ちた。

 

「そうね………思い出してるわ。昔私が犯した罪のことを……………。今度のことは、直接は昔のことに関係ないんだけどね………」

 

淡い苦笑を浮かべて彼女は、言葉を続けた。

 

「いや、関係ないなんてことないか…人に造られた存在である温泉ペンギンを、同じ境遇のレイに引き取って欲しい。そうすることで、レイの孤独を少しでも慰めてほしい。………そんな陳腐で傲慢な考えは、明らかに私の贖罪の意識から出てきたものだものね」

 

リツコの自嘲的な物言いは、なにも今に始まった事ではないのだが、それでもそんな物言いを聞く度にマヤの胸は痛んだ。自分とて、レイをはじめチルドレン達を死地に送り出した大人の一人として、罪の意識を抱えて生きている。しかし、リツコの抱えているものは、自分の抱えている罪の意識とは、どこか異質なもののようにマヤには思えた。

 

「………そんなに自分のことを責めないで下さい」

 

絞り出すようにマヤが言った。他に言葉を捜したが、どんなに言葉を重ねても虚しいだけな気がして、それ以上言葉が続かなかった。

俯くマヤの肩にリツコの手がかかった。

 

「………………ありがとう、マヤ…………………」

 

落ち着いた声で言うと、リツコは再び足を進めていった。

 

 

「さっき、あなたが言ったことだけど………」

 

しばらくして、リツコがボソッと口を開いた。

 

「えっ?」

「さっき、言ってたでしょ。最初からユイカにペンギンのこと聞いておけば良かったのにって」

「ああっ」

 

どうしたんだろう。マヤは、そんな瞳でリツコを見る。

リツコはその瞳を見て、言葉を続けることを迷ったが、一度ほつれてしまった感情は、すべてを告白しなければ治まりがつかないようだった。

 

「怖かったのよ、私………………。小さい頃からずっと見てきたあの子達に、自分の汚れた過去を知られてしまいそうな気がして。だから、あの子達に、ペンギンの話をしたくなかった。遠ざけておきたかったのね。本当は、ペンギンの話をしたところで、私の過去が知られてしまうわけでもないのに・・・・・・・・。自分が、今度のことを思いついてから、ずっと、昔のことばかり考えていたから・・・・・無意識に怖かったんだと思うわ」

 

めったに明かさない心の内を明かしたせいか、リツコはいつもよりも自信なげに見えた。マヤは、優しく笑って、いつまでもつやを失わない金色の髪に手を差し入れると、優しくすくようにした。

そして、その胸元に身をもたせかけて

 

「先輩………変わりましたね。前は、そんなことを私に話してくれなかった」

 

と嬉しそうに呟いた。

 

「………年のせいよ」

 

わずかにこぼれた憎まれ口は、いつもよりもずっと弱々しかった。

 

 

 

 

「見つかりました?」

 

シンジの言葉に、リツコは黙って首を振った。

すでに空は薄っすらと茜に染まっている。今までどこにいたのだろうか、何時の間にか無数のとんぼが、夕焼けを映す池の上空を飛びまわっていた。

 

「何処に行っちゃたんだろう」

 

その池の水面を見詰めながら、ユイカがポツリと呟く。

 

「あのペンギンは、高い知能を持っているわ。ユイカにもなついていたみたいだし、何の理由もなくこの公園から立ち去るとは考えにくい。とすると………誰かが連れて帰ったか………それとも、何か事故が………」

 

リツコが現状を分析する。

どちらにしても、今のままではまったくの手詰まりだ。ユイカには気の毒だが、何の手がかりもないまま、闇雲に探しつづけても効果は望めそうもない。シンジは、何処でこの捜索を打ち切るかそのタイミングを計っていた。

無意識に手のひらを握ったり開いたりする。

数秒の後、意を決したシンジは、寂しそうに池の縁に佇む娘の肩に手を置こうとした。

シンジの手がユイカの肩に触れようとした時、突然ユイカが声をあげた。

 

「あっ…………パパ、あれ」

 

そう言って指差した先には、一艘の貸しボートが漂っていた。

茜に染まった水面、シンジ達は眩しさに目を細めて、そのボートを凝視する。柔らかな風に乗って、ボートはゆっくりとこちらに向かってきている。舳先をかすめるとんぼが、まるでボートを先導しているように見えた。

 

「あっ!……ペンギン」

 

ユイカの次に気が付いたのはミユキだった。

茜色に染まったシルエット。ボートに乗ってゆっくりとこちらに近づいてきたその姿は、まさしくペンギンのものだった。

 

「なんで……ボートになんか?」

「シュ、シュールだわ」

 

人間達の困惑をよそに、その輪郭ははっきりと形を帯びてくる。

どういう風のいたずらか、ついにシンジ達のいる岸辺から数メートルの所まで、ボートはやってきた。

ペンギンの方でも、ユイカを見つけたのか、しきりに羽をパタパタいわせて、喜んだようにその首を差し伸べた。

 

「よかったあぁ」

 

そう言って胸の前で手をきゅっと握りあわせたユイカは、ペンギンの手前に見える、水色の流れに目をやって、呆然と呟いた。

 

「………レイ母さん?」

「えっ!」

「ああっ、本当だ………」

 

ペンギンの手前、狭苦しい貸しボートの中に身を縮こませるようにして、碇レイが横たわっていた。

白皙の肌に、茜が指している。精巧なガラス細工のような美貌。わずかに上下する胸だけが、生命の証だった。

 

「………そっか、やっぱり人間が載せたんだね、ボート」

 

すっかりペンギンが自分でボートに乗ったのだとばかり思っていたミユキの間抜けな呟きに、マヤがクスリと笑った。

 

「でも、レイさん、何してるんだろう?」

「……昼寝じゃないかなぁ」

 

そんな会話が聞こえたのか、レイの瞼がフルフルと振るえ、「うんっ」という吐息と共に、ゆっくりと開かれた。印象的な真紅の瞳が現れる。

レイは、けだるそうに上半身を起こすと、自分のことをじーっと見詰めているシンジ達の方にボーッと視線を向けた。

 

「…………………」

 

奇妙な沈黙が辺りを覆う。

シンジ達の前には、ペンギンと一緒に、横座りでちょこんとボートに乗っている妙齢の美女。その姿は、流謫の姫君のようにはかなげで、現実感に乏しかった。

 

「碇君…ユイカ………?」

 

やっと、意識がはっきりしてきたのか、レイがポツリとそう言った。

 

「…………私、どうして?」

 

そう言ってきょろきょろと、辺りを見回す。

 

「ペンギンにケーキをあげて………それから、一緒にボートに……………そう………何時の間にか、眠ってしまったのね」

 

自己完結して、またシンジ達の方をボーッと見る。

やっぱり、まだ眠いのかもしれない。

とりあえず、ぺんぎんは見つかったし、レイはボートで昼寝をしていただけという事も判明した……………が、あんまりの光景に、全員がそれからどう対処していいのか失念してしまった。なんとなく、誰かがイニシアチブを取るのを、全員が待っている。

辺りに漂う音は、風によって打ち寄せられた波の音だけ。夕焼けの中、ボートの上のペンギンは、哲学者のようにじっと遠くを見詰めている。レイの髪の毛に、とんぼが一匹とまったが、誰もなにも言わなかった。

 

 

「あの………レイ母さん、ボート早く返さないと、管理人のおじさん、そろそろ帰っちゃうよ」

 

なんとなく止まったしまった空気を察して、ユイカがとりあえずの発言をした。

その言葉に、レイはコクリと頷いた。

 

 

 

 

「シンジ君達も察しているとおり、このペンギンは温泉ペンギンよ」

 

辺りをキョロキョロと眺め見ているペンギンを見詰めながら、リツコが言った。

ここは、レイのマンションのリビング。こじんまりとした座卓を囲んで、レイ・ユイカ・アスカ・シンジ・ミユキ・マヤ・リツコ・ミサト・ペンギンの順で腰掛けている。

あれから、リツコがペンギンの事でレイに話したいことがあると告げ、そのまま全員でレイの部屋を訪ねることになったのだ。ペンギンが、リツコ達の帰属にあるという事を理解したユイカは、探し回っている時点で自分が飼うことは半ばあきらめていたが、それでも最終的にどうなるのか、その経緯が知りたかった。

それと、マンションで、新たにアスカとミサトが合流していた。レイのマンションに行くまでの間、シンジがアスカに、ミユキがミサトに、帰りが遅くなる旨を、事の経緯と一緒に説明したのだ。本来なら呼び出すつもりはなかったのだが、自分が仲間はずれにされる事を極端に嫌う二人は、案の定、自分も行く事を主張し、結果としてこういう形になったのであった。ミサトあたりは何を勘違いしたのか、ビールとおつまみをしこたま抱えて現れて、リツコににらまれたりした。

なにはともあれ、とりあえず全員が、リツコの発言に注目していたのだが、そこで発せられたのが、最前の言葉だった。

 

「それって、どういうこと?温泉ペンギンは、個体数一羽。ペンペンだけだって、昔あなたから聞いたけど?」

 

自分が知っているペンペンよりも一回り小さいペンギンとリツコの顔を交互に見ながら、加持ミサトが問う。

 

「それを今から説明するのよ」

 

リツコはそう言って、レイの顔を見た。

頭の中では、ちょっとした思い付きではじめた事なのに、どうしてこんなに大事になったんだろう、なんて事を考えたりしている。そもそも、あの日の晩マヤがペンギンを逃がす事がなければ、レイの部屋を訪問して、ペンギンの事をたのんで、それですんだ話なのだ。

 

「確かに成体になった温泉ペンギンはペンペン一羽だった。でも、その時いくつかの受精卵が一緒に造られていたのよ。本来なら、そのすべてを育てて実験動物としてデータをとる事になっていたんだけど、事情があって実験は頓挫。結局、ペンペンだけが、ちゃんとした成体として残り、ミサトのもとで、暮らす事になった。だけど、その時の残った受精卵のいくつかは、サンプルとして旧ゲヒルン、現在のネルフの研究室で保管されていたの」

 

ペンギンが、単なるペンギンではなく人間に造られた実験動物だったと言う事に、ユイカは少なからずショックを受けていた。

リツコの話は続く。

 

「四年前、MAGI2の完成と同時に、ネルフが今の施設に移った時、過去の実験データと共にその時の受精卵が出てきたのよ。一時、宙に浮いていたんだけど、結局エヴァの生体技術の医療転用についての研究を行う部署で、そのまま保管される事になったの……………それが、つい最近、その研究所の研究員の一人が、たまたま目にした過去のデータに興味を持って、興味本位だけで、その受精卵の一つを解凍してしまったの……」

「それが………このペンギンってわけ?」

 

ミサトがそう言って、話を結論づけた。

 

「そう………」

 

リツコが肯く。

 

「別に機密ってわけではなかったし、手続き的にも問題なかったのだけど、良くない前例を残してしまったという事で、ネルフ内での倫理規定を一部変更して、実験動物であるペンギンに付いては、私自身の管理下に置くって事で決着が付いたわ」

「それで…………管理下に置いたリツコは、このペンギンをどうしようというわけ?」

 

とミサト。

リツコは黙って、レイの事を見詰めた。

 

「レイ、あなた、このペンギンを家族として引き取ってもらえないかしら。初めに、このペンギンの処遇を考えた時に、真っ先にあなたのことが頭に浮かんだの。人の勝手で生まれてしまったこのペンギンの居場所をあなたに作って欲しい………勝手な申し出かもしれないけど………」

 

リツコの言葉は何時になく、頼りなく、語尾は少しだけ震えていた。彼女は、マヤに語った事で、嫌がおうにも自分の中にある罪悪感を意識してしまっていた。本当は、自分のためだけを考えて、こんな申し出をしているのではないか、そんな気持ちが渦巻いて、リツコは激しい後悔に襲われていた。

 

「家族…………」

 

レイの呟き。

ペンギンを見詰めている真紅の瞳に宿る感情を、誰一人読み取る事は出来なかった。

 

「レイ………どうするの?」

 

促すように声をかけたのは、やっぱりアスカだった。その声音はどこか優しい響きを持っていた。

 

「いいんじゃない。やっぱり、帰った時に誰かが迎えてくれるって言うのは、うれしい事だもの」

 

テーブルを見詰めながら、そう言ったのはミサト。抱えているものこそ違え、彼女にはリツコの思いが痛いほど分かった。

 

 

「ユイカは、いいの?」

 

しばらくして、レイが言った。いいの、の続きは、私がペンギンを引きとってもいいのか、という事だろう。

 

「えっ……うん、私は、いいよ。レイ母さんのところなら、いつだって会いに来られるし」

 

どうして、リツコがレイにペンギンを引き取って欲しいと思ったのか。大人達の不思議な雰囲気や、その背景を、ユイカは知らなかったけど、リツコの発した家族と言う言葉が、ユイカの気持ちを決定していた。

家族。シンジ・アスカ・ユイカ・レイ。形はどうあれ、自分達四人は、まぎれもなく家族だとユイカは思っていたし、シンジやアスカも、そう思っているだろうということに一点の疑いもなかった。しかし、心の距離は家族でも、現実の距離はどうなのだろう?そんなことをユイカは考えていた。レイは、朝起きたら誰に挨拶するのたろう?誰と一緒に朝食を摂り、誰に行ってきますの挨拶をし、誰の事を思いながら家路につくと言うのか…………レイには、そう言う人は誰もいないのだ。そう思うと、ユイカはなんだか悲しい気持ちになった。それと、同時にリツコの意図した事が何と無く分かってきた。

 

「私は……それが一番いいと思う」

 

かみ締めるようにユイカは言った。

 

「そう」

 

その答えに、レイは、薄らと微笑むと、自分の横に座っているペンギンをひざの上に抱え上げた。手の中のあたたかさに、はっとする。ここにいる全ての人が、自分の事を考えてくれている。ただ単純にその事がうれしかった。

 

「クエッ?」

 

ペンギンは不思議そうに、レイの顔を見上げる。

黙って、その光景を見ていたリツコは、ほっとしたように息を付いた。

 

「じゃあ、レイ………」

「はい………このペンギンは、私が引き取らせてもらいます。」

「ありがとう」

 

自然にその言葉がリツコの口を衝いて出た。自分の贖罪をレイが受け入れてくれたようなそんな気がしていた。無論それは、錯覚以上のものではなかったのだけど。

 

「いえ………お礼を言うのは、私の方です」

 

とっくの昔に許していた……いや、人を責める事すら知らなかった女性は、リツコに優しく笑ってみせた。

 

「んじゃあ、まあ、せっかくみんなが集まった事だし、ぱーっとやりましょうかぁ」

 

どこか、しんみりした雰囲気を拭きとばすように、何時の間にかビールを持ったミサトが、そうのたまった。

 

「ミサト………あんた、ほんと、変わんないわね」

 

アスカが呆れた声で言う。言いながら、その口元は笑っていた。

 

「というわけでシンちゃん、お料理よろしくぅ」

「こぉら、なにが、というわけでよ!人の旦那をかってに使わないでよ」

「いいじゃん、アスカのけち」

「じゃあ、僕、買い出しに行ってきます」

 

シンジが立ち上がってそう言った。

 

「私も行く」

 

ユイカもすかさず立ち上がる。

急に動き出した状況に、レイとリツコは顔を見合わせて笑った。

 

 

青白い月光が、白い部屋の中を照らしていた。

開かれた窓から吹き込む風が、酔いに火照ったレイの頬を優しく撫でていく。

静かな彼女の雰囲気に相反して、部屋の中はかつてないほどの混沌に沈んでいた。転がっているビールの缶、床に落ちてしまったつまみのピーナッツ。机の上には、無数の皿が乗っかって、そこには紫色の髪の女性と金色の髪の女性が突っ伏していた。その足元には、これまたマヤが、轟沈している。いつもこういうシーンで抑え役に回るリツコが、率先して飲んだために、ミサトの醜態を止めるものがいなかったのだ。

そのリツコの指先には、一枚の紙が置かれており、その紙には、名前らしきもののリストが書かれていた。

ペンペン、ペンタ、などの名前が見て取れる。それぞれの名前の横には、正の字の断片らしきものが書かれており。正の字の三画目めまで書かれたペンペンのところに赤い丸が付いていた。

レイは、ソファで眠るミユキの横を通りぬけ、窓際で仲良く眠るシンジとアスカ、そしてユイカのもとに近づいていった。

 

明日は土曜日。翌日が休みなので、年少組みも深夜まで、大人達に付き合ったのだ。レイは、アスカの胸に顔を埋めて眠るシンジを、豊かな膨らみからさりげなく引き離すと、かがみこむ様にしてその頬に唇を寄せた。「チュッ」。思ったよりも大きい音に自分で吃驚して、慌ててユイカとアスカの様子をうかがう。父親を挟んで幸せそうに眠る二つの顔。レイは、しばらく口元に手を当てて何事か考えていたが、再びかがみこむようにすると、ユイカとアスカの頬にも順番に唇を寄せた。

そのまま床に腰掛けて、眠っている三人の顔を優しい目で見詰める。月明かりに照らされた頬は、ほんのりと赤く染まっている。目元は心なしかとろんとして、口元には淡い微笑が浮かんでいた。

ふと見上げると、見慣れた月が優しく自分の事を見詰めていた。壁に背をついてぼんやりとその月を眺めていると、その足元に、ヨタヨタとペンギンが近づいてきた。

 

「ペンペン………あなたの名前、ペンペンに決まったわ」

 

レイは生真面目な顔でそう言った。

 

「クエッ」

「……………あなたも、私と同じなのね………」

「クエッ」

「…………………私と同じ………」

 

呟きながら、レイは自分の唇にそっと右の人差し指を当てた。

 

「……だったらきっと……あなたも幸せになれるわ」

 

そう言って唇に触れていた人差し指で、ペンギンのくちばしにちょんと触れる。悪戯っぽくクスリと笑ったその顔は、月の魔力で輝いて見えた。

ペンギンは、姫君の従者のように、黙ってその姿を見詰めながら、そっとその羽を差し伸べた。

 

 

やがて、一人と一羽の影が重なって、小さな寝息が聞こえてきた。

 

第六話終わり


 

後書き

パパゲ書き始めてそろそろ一年。成長のないままに、やっと6話です(T_T)

みゃあさん、ここまで読んでくださった皆さん、本当に、本当に、ありがとうございましたm(__)m


みゃあと偽・アスカ様(笑)の感想らしきもの<限定版>

 

みゃあ「はぁ・・・レイ母さん・・・好きじゃあああああああああっ!!」

アスカ様「・・・・正気じゃないわね、この男(^-^;」

みゃあ「はぅ・・・。眠るシンジくんにそっとキスするレイ母さん・・・いじらしい(T-T)」

レイ「(ぽっ・・・)」

アスカ様「・・・アンタ、いつの間に」

レイ「・・・アスカとユイカにもしたわ」

アスカ様「あのね・・・そーいう問題じゃないわよ」

みゃあ「いいなぁ・・・今度やっぱりこの3人で3(ピーッ)ってのを・・・」

がきめきゃごけけっ!

アスカ様「・・・どーしてたあんたは思考がそっちに行くのよ」

みゃあ「性分です(笑)。それに・・・最近このコーナーがおとなしすぎるというお便りが・・・」

アスカ様「・・・ンなもんどこにあるってのよ」

みゃあ「ほら・・・『もっとアスカ様をいぢめてあげてね♪』って」

アスカ様「・・・そりゃー、アンタが書いたんでしょーがっっ!!」

カキーン!!

みゃあ「ねばーぎぶあーーーーーーっぷ!」

またまた星になる。

レイ「・・・・星がきれいね」

アスカ様「あんた・・・どっかずれてるわよ(=_=;)」

ミサト「ふっ・・・やっと出番があったわ(^-^)」

ミユキ嬢「良かったね、ママ(^-^;」

ミサト「・・・にしても。今回、あんたたち怪しすぎるわよ(=_=)」

リツコ・マヤ『ぎくっ・・・』

ユイカ嬢「や・・・やっぱり二人ともそーいう関係だったんですか((((((^_^;)」

ペンペン「クエックエッ」

  


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