DEATH-01「リフレイン」
9
死。
『エヴァパイロットは発見次第、射殺。非戦闘員への無条件発砲も許可する』
狂気。
ガォンッ!!
弾ける銃弾。
通路を踏みにじる軍靴。
「…サード発見。これより排除する」
チャッ…。
押し当てられる銃口。
――――死への入り口。
「悪く思うな…ぼうず」
死の宣告。
ズキュッ…ォォン。
「うごっ」
中断されるひとつの死。
そして、また死がひとつ。
ガオンガオンガオンッッ!
ガオンガオンガオンガオンガオンッッ!
ドガガガガガガガガガッッッ!
「うおっ!」
ふたつ。
チャキッ。
「悪く思わないでね…!」
ガオンッ!
びしゅっ
みっつ…。
ドサッ。
ひとつだけ、肩で息するミサト。
「…さ。行くわよ」
どこへ?
「初号機へ」
なんのために?
………。
………。
…………。
「…まずいわね。奴ら、初号機とシンジ君の物理的接触を断とうとしているわ。
こいつは、うかうかできないわね…急ぐわよ」
…なんのために。
「シンジ君。
…ここから逃げるのか、エヴァのところへ行くのか、どっちかにしなさい」
…なんのために。
「このままだと、ただ、何もせず死ぬだけよ!」
死。
「……助けて、アスカ。助けてよ」
「こんな時だけ女の子にすがって! 逃げて! 誤魔化して!
中途半端が一番悪いわよっ!」
中途半端…。
「さあっ
立って!」
いやだ。
「立ちなさい!」
「………いやだ。
死にたい。
何もしたくない…」
「何あまったれたこと、言ってんのよっ!
あんた、まだ生きてるんでしょう?!
だったら、しっかり生きて、
それから死になさい!」
まだ…………生きてる。
ガォン…!!
「ゼーレは……サード・インパクトを起こすつもりなのよ。
使徒ではなく、エヴァシリーズを使ってね。
十五年前のセカンド・インパクトは、人間に仕組まれたものだったわ。
…けどそれは、ほかの使徒が覚醒する前に、アダムを卵にまで還元することによって、
被害を最小限に食い止めるためだったのよ。
…シンジ君。
私たち人間はね、アダムと同じ、リリスと呼ばれる生命体の源から生まれた…
18番目の使徒なのよ。
ほかの使徒たちは、別の可能性だったの。
ヒトの形を捨てた人類よ。
ただ、お互いを拒絶するしかなかった、哀しい存在だったけどね…。
同じ人間同士の…」
………。
「いい、シンジ君。
エヴァシリーズをすべて消滅させるのよ
生き残る手段は…
それしかないわ」
生き残る………。
なんのために。
『弐号機、起動!アスカは無事です!生きてます!』
「アスカが…!」
「…いい、アスカ。
エヴァシリースは、必ず殲滅するのよ。シンジ君も、すぐに上げるわ。
頑張って…」
ピッ。
「…で、
初号機へは、非常用のルート20で行けるのね?」
『はい。電源は3重に確保してあります。3分以内に乗り込めば、第7ケイジに直行できます』
ピッ。
………僕はここで、何をしているんだろう。
僕は……一体何を……っ。
カツ、コツ、カツ、コツ、カツ、コツ……。
靴音。
引きずられながらも、歩いている。
…歩いている。
なんのために。
何をするために…。
僕は、何をしている…。
「ここね」
ミサトさんの声。
ドンドンドンッ!
チュイン! チィンッ! チュン、チュィンッ!
すぐ側で、銃弾が跳ねる。
ミサトさんが、僕を抱えて走る。
ビシュッ!
「ぅぐっ…!」
ガン、ガンッ、チュイン、チン、チュンッ!
シュッ…プシッ。
……ズゴォォォォォォォォンッッ!!
「これで………時間、稼げるわ、ね」
はぁ……はぁ……はぁ。
掠れた、ミサトさんの声。
乱れる呼吸。
ピチャッ……
ポタ。
ポタ。
ポタ。
「……………………血だ」
「ンふっ…」
ミサトさんが微笑った。
「ミサトさん……………血が」
「…やっと、普通に話してくれたわね。シンジ君」
がくがくと、膝が笑い出す。
血だ……血が、こんなにたくさん……ミサトさんが……ミサトさんが……
「…だいじょうぶ。大したこと………ない、わ」
「あ……あ……」
立ち上がるミサトさん。
「んっ……っ」
途中で膝を折る。
それでも持ち直して…壁面のスイッチを探る。
ピィーーーーーッ。
プシュッ、ガコン!
側面で、壁が上下にスライドする。
現れた金網状の入り口には、「R20」の刻印。
「…電源は、生きてる。行けるわね」
ガシャッ!
「…はっ…」
ミサトさんは、僕をはさんで、金網に手を掛ける。
その手には。
血。
「みさ……ミサトさ、ん…」
「いい…シンジ君。
ここから先は…もうあなた一人。
すべて一人で決めなさい。
誰の助けもなく…!」
「ミサトさん………僕は……僕は……」
頭の中が真っ白で、思考が停止している。
まるで、言葉を忘れたみたいに。
僕は…………ダメだ。ダメなんだ。
人を傷つけてまで、殺してまでエヴァに乗る資格なんて無い。
僕はエヴァに乗るしかないと思ってた。でも、そんなの誤魔化しだ。
何も分かっていない僕には、エヴァに乗る価値もない。
僕には、人のためにできることなんて、なんにもない。
アスカにひどいことした。
カヲルくんも殺してしまった。
優しさなんか欠片もない。狡くて臆病なだけ。
僕には、人を傷つけることしかできない。
だったら……だったら………
何もしない方がいい…………
何もしない方がいい…………?
何もしない方がいい?
本当に、何もしないことが、正しいのか。
違うはずだ…。
分かってるんだ、本当は、きっと。
ただ、こわくて…逃げ出したくて。
なぜ、僕は何もできないんだ…っ。
言葉が………出ない。
ただ、ミサトさんの足下にできた紅い色の水溜まりが、僕の心臓の鼓動を早めさせる。
「………自分が傷つくのが嫌なら、何もせずに死になさい」
ミサトさん………。
まるで…。
心を見透かされているみたいだ。
「自分が嫌い……?
でも、それは人を傷つける。
自分が傷つくより、人を傷つけた方が、心が痛いこと―――
分かるでしょう?
でも…
どんな思いが待っていても、それはあなたが自分一人で決めたこと。
それは価値のあることよ、シンジ君。
あなた自身のことなの。
自分のできることを誤魔化さないで。
………償いは、自分でやりなさい」
「ミサトさん………ミサトさん…………」
それしか、言葉にならない。
わかってるのに…そうしたいのに…なんで……
「ここで何もしなかったら、私、あなたを許さないわ。
一生、あなたを許さないから。
……………。
今の自分が絶対じゃない。
後で間違いに気付いて、後悔する。…私は、その、繰り返しだった」
ミサトさん……!
「ぬか喜びと自己嫌悪を重ねるだけ。
でも……その度に、前に進めた気がする。
いい、シンジ君。
もう一度…エヴァに乗ってケリをつけなさい。
エヴァに乗っていた自分に」
「エヴァに乗っていた自分……」
呟き。
ミサトさんの両手が、僕の頬を包み込む。
あたたかい……そして……血の匂い。
「そうよ。
なんのためにここに来たのか、なんのためにここにいるのか、
今の自分の答えを見つけなさい。
あなたにしかできないこと。
あなたならできること。
今が……その時なのよ。
もう、二度とない、たった一度の」
ミサトさんが……泣いている。
ミサトさんが……泣いている!
わかってるんだ…!
僕はアスカを助けたい!
綾波を助けたい!
ミサトさんを助けたい!
みんなを助けたい!
カヲルくんも、助けたかった!
…だけど、僕にそんな気持ちを抱く資格があるのか。
逃げているだけの僕に…。
避けているだけの僕に…。
ミサトさん……!
「そして…
ケリをつけたら、
必ず、戻ってくるのよ」
ミサトさんは、首からペンダントを外すと、僕の掌に載せた。
あたたかい。
ミサトさんの温もりが、残っている。
「約束よ……」
「あ……う……」
「いってらっしゃい」
ミサトさんが微笑った。
その瞬間、僕の思考は弾けた。
「ミサトさんっ!一緒に…一緒に行きましょう!
僕が、
僕が…今度は、ぜったい…んぐっ!」
ミサトさんは、僕の口を塞いだ。
…自分の唇で。
私 に 還 り な さ い
僕は、何も考えられなかった。
ミサトさん…っ!
舌が入ってきた。
その感触が、僕の思考を麻痺させる。
もう一度、僕に思考を取り戻させたのは、鉄の味。
血の、匂い。
「っはぁ、ミサトさん…っ!」
「…大人のキスよ。帰ってきたら……続きをしましょ」
その言葉に逆らおうとする僕の背後で、入り口が、開いた。
記 憶 を た ど り
なぜ……!
僕は、そう叫んでいたかもしれない。
僕が最後に見たミサトさんは、笑っていた。
「ミサトさんっ!ミサトさんっ!ミサトさぁぁん………っっっっ!!!」
届かない叫びを繰り返して。
溢れ出す感情に気付いて。
優 し さ と 夢 の 水 源 へ
ミサトさんのペンダント。
さっきは、あんなにあたたかかったのに。
今は、こんなにも………冷たい。
も い ち ど 星 に ひ か れ
下降を続けるルート20の中で―――
僕は、決して失ってはならないものを、
失ったことを、
知った。
生 ま れ る た め に
もう、迷わない。
二度と。
決して―――迷うまい。
魂 の ル フ ラ ン
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(updete 2000/07/02)