DEATH-02「遅すぎた覚醒」

  


 

 

 

 

 

第7ケイジ

 

 

 

 

 

 

 

アスカの、狂気に歪んだ声が聞こえた。

 

だけど、迷わない。

 

 

 

 

 

 

 

アスカ………待ってて。

 

待ってて! 

 

 

 

 

 

硬化ベークライトで塗り込められた初号機の前。

 

 

 

 

 

 

母さん………力を貸して。

今こそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

初号機は。

初めて、僕の完全な意志の下で起動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

10

 

 

 

 

 

ネルフ本部 発令所

 

 

 

『………ロンギヌスの槍………っ?!』

 

 

ズシュッッッッッッッッ!

 

 

『っっっああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっ!!!!!!』

 

 

「……内蔵電源、終了……活動限界です……。

 エヴァ弐号機……沈黙」

 

 

発令所の空気が鉛と化したような気がした。

 

不快な流動物が、重苦しい沈黙とともに、一同の心をかき回す。

 

 

『……うああああああああああっ、うああああああああああああっ、うあああああああああああっっっ……』

 

 

アスカの絶叫が、鼓膜を突き破って、聞く者の心臓に針を突き刺す。

 

 

「………っっっ」

 

もういやっっっ!

もういやっっっ!

もういやっっっ!

もういやっっっ!

もういやっっっ!

もういやっっっ!

もういやっっっ!

もういやっっっ!

 

 

マヤは、のたうちまわるアスカの怨嗟から、両耳を塞いでうずくまる。

 

その姿を、シゲルとマコトが、ただ呆然と見ている。

 

二人には、閉じていくマヤの心が見えるような気がした。

 

 

 

ピピピポッ。

 

 

 

「………っ……?」

 

 

 

突如、モニターに別のウインドウが開いた。

映像はない。

さらに、もう一つウインドウが開き、初号機のシンクログラフを表示し始めた。

 

 

「これ………」

 

 

シンクロ率100%。

 

 

『ピピッ……ザ……本部……ネルフ本部、聞こえますか』

 

 

「…………!」

「シンジ君かっ」

 

驚きが、その場にいる全員を打った。

 

「間に合ったのか…」

 

冬月コウゾウが、安堵とも、悔恨ともつかぬ表情で呟く。

 

『…日向さんですね。そちらは無事ですか』

 

「え………」

 

回線を通して聞こえる、シンジのあまりに落ち着いた口調に、一瞬あぜんとするマコト。

 

「…あ、ああ、こちらは大丈夫だ。なんとかな。それより…」

 

シゲルが、マコトに変わって対応する。

 

シンジ君は大丈夫なのか、と言うより早く、シンジが口を開いた。

 

『良かった。戦自は…どうしましたか』

 

「…撤退を始めたようだな」

 

冬月が答える。

 

「シンジくん……アスカが……アスカが……」

 

マヤが、こらえていたものを吐き出すように、泣き出す。

 

『すぐに出ます。…マヤさん』

 

「……え」

 

『泣かないでください。アスカは、僕が護ります』

 

「……シンジくん?」

 

『第7ケイジ、3番がまだ生きているみたいです。射出してもらえますか。カウントダウンはいりません』

 

「わ、わかった」

 

『よろしくお願いします』

 

一同は、シンジのあまりの変わり様に、彼が精神に失調を来したのではないかと訝った。

しかし、シゲルとマコトは、シンジの言に従って、発進準備を進める。

 

 

 

 

 

 

エヴァ初号機 エントリープラグ内

 

 

 

 

 

シンジは、落ち着いていた。

信じられないほど、心が静かだ。

 

もう、迷う必要はない。

 

エヴァに乗る理由…。

生きる価値についての疑問…。

 

そんなものは、今はどうでもいいことだった。

 

今したいこと。

 

アスカを助けること。

みんなを守ること。

 

それだけだ。

 

ただそれだけのことだった。

 

なぜ、気付かなかったのか。

 

教えてくれたのは、ミサトさんだ。

文字通り、命がけで、僕に教えてくれた。

 

ミサトさん……。

 

もう少し…もう少しでも早く気付いていたら。

 

気付くのが遅すぎたのではないか?

 

その疑問が頭をかすめる。

 

しかし、今は考えまい。

 

アスカを助けるんだ。

 

随分、長い間待たせてしまった。

 

待ってて……アスカ。

 

アスカ…。

 

アスカ!

 

 

 

 

ゴウ…ン……

 

振動が来た。

 

バシュッッッッッッッ!

 

「…………」

 

下から突き上げてくるGを感じながら、シンジはゆっくりと目を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにこれ…………っ

 倒したはずの………エヴァシリーズが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11

 

 

 

 

 

ガコンッッ……プシューーー。

 

 

地上に出て、シンジが見たものは、無惨に頭部を刺し貫かれた弐号機に、いましも群がらんとする、異形のエヴァ量産機だった。

 

 

視点を一瞬にして定めると、シンジは跳んだ。

 

 

一挙動で、弐号機に取り付いていた一機を、飛び降りざまに蹴り飛ばす。

 

「汚い手で………」

 

そのまま、さらに飛びかかってくる一機の翼を捉えると、一斉に襲いかかる量産機たちに向かって、勢いよく投げつけた。

 

「アスカにさわるなあっ!」

 

ドガッッッッッッッッ!

 

凄まじい力で、吹き飛ぶ量産機たち。

投げつけられた一体と、最初に蹴り飛ばされた一機は、大地に叩きつけられて、ぐちゃっ、と嫌な音を立てて動かなくなる。

 

「…ロンギヌスの槍……これ……コピーか…? アスカ、アスカっ!」

 

それには目もくれず、弐号機に呼びかけるシンジ。

 

『……うああああああああああっ、うああああああああああああっ、うあああああああああああっっっ……』

 

ガキン、ガキン、ガキンッ、と操縦桿をめちゃくちゃに操作するような音が、回線から伝わってくる。

シンジは、わずかに眉を寄せると、弐号機を大地につなぎ止めている槍に手を掛けた。

 

「アスカ…ちょっと我慢して」

 

ぐっ……

 

ブシュッ!

 

『……うあ…ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ……』

 

弐号機はすでに活動を停止し、神経接続も切断されている。

にも関わらず、アスカは苦悶の声を上げた。

 

飛び散る弐号機の血液。

 

シンジは、引き抜いた槍を、険しい表情でにらみつけた。

 

「こんなもので………」

 

ふつふつと、怒りがこみ上げてくる。

 

これを造り、送り込んだゼーレに対しての怒りではない。

こんな状況をまるで知りもせず、これまで何もできなかった自分に対する怒りだ。

 

「アスカ……」

 

動かない弐号機の中で叫び続けるアスカを思う。

 

 

…その間にも、量産機は起きあがって、突然の闖入者に復讐せんと向かってくる。

どうやら、初号機を新たな敵として認識したようだった。

 

未だ、こちらに背を向けて弐号機を抱えている初号機に、一斉に飛びかかる量産機たち。

 

が。

 

 

バキィィィィィィィン!!!!

 

ぐぇ…

 

ぅぐぇ…

 

突如、出現した巨大なATフィールドによって、阻まれる。

量産機たちは、気味の悪い声を上げて、大地にはいつくばった。

 

弐号機を静かに横たえたシンジは、ようやく背後を振り返る。

もちろん、今のATフィールドは、初号機の展開したものだった。無意識に。

 

シンジは、冷静な目で倒れている量産機を観察した。

 

「……復元するのか…?」

 

ミサトさんが言っていた。

エヴァシリースはS2機関搭載型だと。

 

では、一体、どうやって倒せばいいのか?

 

考えを巡らせるより早く…

 

復元途中のものも含め、エヴァ量産機たちは、真っ白い翼を広げて上空へと羽ばたいた。

その手には、双頭の矛のような武器(ウエポン)。

 

「跳べるだけじゃなくて、空も飛べるのか…」

 

わずかながら唖然として空を見上げるシンジ。

 

『いけない、シンジくんっ、あれは全部ロンギヌスの槍よっ!!』

 

「!」

 

マヤの声が回線から流れた途端、シンジは弐号機を片手で抱きかかえて横っ飛びに跳んだ。

 

間髪入れず、エヴァ量産機たちが、一斉に双頭の矛を投擲する。

それは、二股の槍に変化を遂げながら、うなりを上げて初号機を襲った。

 

「(間に合わないっっ!)」

 

その瞬間、初号機のシンクロ率が上昇した。

この時、正確な計測装置があれば、シンクロ率の数値が200%を超えていたことを確認できたかもしれない。

 

先ほどと同じく、ATフィールドが展開される。

 

が。

 

ロンギヌスの槍は浸食してくる。

 

「くっ…!」

 

アスカと弐号機がやられたのも、これによってであった。

しかし、この時は、シンジのATフィールドの方が強力だったことが二人を助けた。

 

貴重な何秒かを稼いだ初号機は、そのまま地面すれすれに跳んだ。

 

6本のロンギヌスの槍が、目標を見失って大地に突き刺さる。

残る2本は、重力にさからうようにその方向を変えると、初号機を急追した。

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!!」

 

 

 

発令所で、携帯端末のモニターを見ていたマヤは、思わず目をつぶる。

 

「おおっ!」

 

しかし、後ろから覗き込んでいたシゲルとマコトが驚きの声を上げた。

その声につられるように、おそるおそる目を開けたマヤが見たのは、弐号機を左腕に抱えた初号機が、右手に持っていたロンギヌスの槍で、迫り来る2本の同じ槍をうち払うところだった。

 

「……シンジくん……すごい」

 

思わず、状況も忘れて、モニターに見入る三人。

 

『ザザッ……マヤさん!』

 

「!な、なに、シンジくん」

 

『さっきはありがとうございます』

 

「う、ううん…」

 

マヤは、驚いて頭をぷるぷると振った。

 

『アスカを…回収できませんか』

 

しかし、次に続いたシンジの言葉に、マヤは言葉に詰まる。

 

「それは…」

「…すまない、シンジ君ん。現状では…」

 

マコトが、悔しそうに呟く。

彼は、未だミサトが死んだことは知らない。

だが、心のどこかで、もしかしたらという思いは、抑えきれない。

 

『そうですか……わかりました。なんとかします』

「シンジ君…」

『副指令』

 

「!…な、なにかね」

 

突然呼ばれた上段の冬月は、驚いて思わずシンジの声が響く天井を仰いだ。

 

『エヴァシリーズはS2機関搭載って聞きました。…弱点はないんですか』

 

「!」

 

モニターを見ていた三人が、一斉に冬月をふり仰ぐ。

 

ばつが悪そうに沈黙していた冬月は、苦い表情で言葉を絞り出した。

 

「…残念だが、現状では対処のしようがない。せめて、オリジナルの槍があればな…」

 

オリジナルのロンギヌスの槍は、今は月の表面だろう。回収の手段はない。

だが、シンジはそんなものに頼ろうとは思わなかった。

 

『…父さんと、綾波は…?』

「!」

 

わずかながら言いずらそうに、シンジが訊く。

その言葉が冬月にもたらした衝撃は、先ほどのものよりも大きかった。

 

「…碇は……ターミナルドグマだ。レイもそこにいる」

 

冬月は、それだけしか言えなかった。

 

『そうですか』

 

だが、シンジは意外なほど落ち着いていた。

シンジとしては、純粋に、二人がまだ健在であることに安心感を覚えていた。

もっとも、父が何をしようとしているのか知っていれば、多少は反応も異なっただろうが。

 

『最後までやってみます。簡単にはやられません…ザザ………ッ』

 

シンジからの回線にノイズが入った。

おそらく、また量産機の攻撃を受けたのだろう。

 

「………」

「………」

「………」

 

三人、そして冬月は、しばらく沈黙していた。

 

「……やるか」

「おうっ」

「えっ……?」

 

シゲルとマコトが突然立ち上がったのを見て、マヤは戸惑ったような声を上げた。

 

「ほら、なにやってんだよマヤちゃん。シンジ君のフォローをしなきゃダメだろ」

「え?え?」

「そうそう。さーて、俺たちも行くか」

「行くって…どこへ」

「決まってるじゃないか。アスカちゃんを回収しにだよ」

「えっ?!だ、だって…」

「……あんなの見せられちゃな」

 

シゲルは、ニッと不敵な笑みを浮かべると、モニターの向こうで、弐号機をかばいながら奮戦する初号機を見た。

 

「そうそう。できないなんて言ってられないって」

「俺たちは、弐号機を回収して、シンジくんの負担を少しでも軽くする。マヤちゃんは、シンジくんをサポートしてやってくれ」

「でも……でも」

 

マヤは、地上に出るまでの道のりを思いやって、思わず涙目になる。

二人が生還…どころか、無事に地上に出られる保証もないのだ。

 

「でもじゃないって」

「無茶は承知の上さ。だけど、じっとなんかしてられるかよ」

 

シゲルとマコトは、生き生きとした顔をしていた。

シンジの行動が、二人にまるで生命を吹き込んだようだった。

 

「………うん。わかった」

 

マヤは、やがてゆっくりと頷いた。

 

「じゃ、ちょちょっと行って来るよ」

「副指令!」

「……なんだね」

「許可は頂けますでしょうか」

 

シゲルは、冬月付きのオペレーターだ。持ち場を離れるには、彼の許可が必要だった。

…もっとも、「ダメだ」と言われても、シゲルは行くつもりであったが。

 

「……行ってきたまえ」

「了解!」

「青葉、日向の両名は、エヴァ弐号機専属パイロットの回収に向かいます!」

 

素早く敬礼すると、二人は、いつの間にか銃声の止んでいる発令所から走り出ていった。

 

「シンジくん…聞こえる? そこは場所が悪いわ。全方位から攻撃が来る。山側に移動して、身を隠しながら戦って」

 

シンジに、慣れない戦術指揮をサポートするマヤの周りに、生き残りのオペーレーターたちが集まりだした。

 

冬月は、その様子を見つめながら、この場にはいない男に向かって問い掛けていた。

 

 

碇。

お前は知っているのか。

 

お前の息子が、文字通り命をかけて戦っているのを。

他人に強制されてではない、自分の意志で。

自分自身のために。

そして…われわれのために、だ。

 

碇…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12

 

 

 

 

 

 

 

シンジと量産機の戦いは、12時間にも及んでいた。

 

この戦いの中で、シンジは戦い方、つまり戦術を学んだ。

 

シンクロ率は、ほとんど自分の意志で、100%から400%までコントロールすることができる。

 

ATフィールドも同じだ。

 

 

 

9対1。

 

 

しかも、弐号機をかばいつつ、倒しても倒しても復元する量産機が相手という、あまりに不利な状況下で、シンジは戦い抜いた。。

 

 

驚くべきことに、戦闘開始から7時間で、どこをどうやったのか地上に現れたシゲルとマコトは、マヤの指示に従って、無事にアスカを回収してしまった。

 

これで、シンジの身体的・精神的負担は、かなり楽になったといえる。

もし、二人の活躍がなかったら、シンジはすでに力尽きていたかもしれない。

 

 

善戦、というべきだろう。

だが、シンジは傷つき、疲労はすでに限界にあった。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

シンジの呼吸は、重度の喘息患者のようで、ひゅー、ひゅーという、掠れる音が混じっている。

心臓は、すでに悲鳴を上げ、早い鼓動は収まることがない。

 

対する相手は…いまだに無傷であった。

 

いや、実際には、胴を絶ち、首を刎ね、手脚をもぎとり、骨を砕いた。

何度も。

 

だが、9を何度、減算しても0にはならなかった。

はじめから、勝ち目のない戦いだった。

 

さらに、相手にはレプリカといえどもロンギヌスの槍がある。

戦いの中で、そのうち7本までを大気圏外に放り投げて、無力化した。

残るは、シンジの唯一の武器となっている1本と、量産機の最後の1本だけだった。

しかしもはや、それを奪い取るだけの力もない……。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…

 ……カヲルくん」

 

シンジは呟いた。

 

「カヲルくんだろ…そこにいるのは」

 

シンジは、迫り来る量産機たちを見つめた。

 

それは、戦いの中でわかったことだ。

傍証があるわけではない。ただ、感じただけだ。

カヲルの呼吸を。

ダミープラグに移植された、彼のパーソナルを。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………でも

 カヲルくんじゃない。

 ……抜け殻だ」

 

シンジは哀しそうな顔をした。

 

カヲルの心が感じられない。

カヲルの意志が感じられない。

それは、魂の抜け殻。

 

 

 

『シンジくん……………もういい

 もういいよっっ!!』

 

 

回線から聞こえる、マヤの声。

 

発令所のモニターは、変わり果てたシンジの姿を映し出していた。

目は落ちくぼみ、唇や肌はかさかさに乾き、頬はこけている。

その姿は、すでに半死人だった。

だが、その黒い瞳に宿る意志の光だけは、まだ消えてはいない。

 

 

「もういいっ、シンジくんは十分戦ったじゃない!

 もういい…もういいわ

 もう、これ以上、戦わないで…!」

 

マヤは泣きじゃくっていた。

とても、シンジの顔を見ていられない。

 

発令所は、しん、と静まりかえっていた。

冬月も、オペレーターたちと同じ階に下りていて、モニターをじっと見つめている。

 

しばらく、マヤのすすり上げる声だけが流れた。

 

 

『……よく、ありませんよ』

 

「シンジくん……」

 

『よく、ないんです。

 ………

 僕は、まだ生きている。

 だから……

 最後まであきらめません。

 …死ぬのは……しっかり生きた後でいいから』

 

「シンジくん……っ」

 

口元を両手で覆っているマヤの双眸から、さらなる滴があふれた。

モニターの向こうで、量産機の群が初号機に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「………………………シンジ」

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、発令所に設けられた診療台の上で、ずっと、魂の抜け殻のようだった栗色の髪の少女が、ぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスカ………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、シンジは思いがけない行動に移っていた。

 

量産機に掴まれた腕、

ロンギヌスの槍を持っていない方の腕を、無造作になぎ払ったのだ。

 

 

フシュッ!

 

 

げぇぇ

 

 

空気を凪ぐような音とともに、量産機2体の体が両断された。

 

 

……再生が始まらない。

 

 

「「!?」」

 

 

初号機のシンジ、そして、発令所でそれを見ていた全員が、目を瞠る。

 

 

「アンチATフィールドか?!……いや、違う」

 

冬月が呟く。

 

 

 

違う。

今のは、確かにATフィールドだった。

 

シンジは考える。

 

初号機の、ではない。

 

「僕の………?」

 

シンジは、自分の左手を見つめた。

 

だが。

 

その一瞬の自失が命取りとなった。

 

 

 

ぐにゃっ

 

 

 

その瞬間を待っていたかのように。

 

 

 

初号機の右手に握られていたロンギヌスの槍が、

 

 

 

造反した。

 

 

 

ぐにゃりと矛先を変えた槍は、

 

 

 

初号機を貫いた。

 

 

 

『ぐっっっ……あああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっ!!!!』

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 

発令所に響くシンジの断末魔に、マヤの絶叫が重なった。

 

 

 

これは……アスカの感じた痛み。

 

 

 

量産機たちが群がってくる光景を最後に、シンジの意識は闇へ落ちた。

 

 

 

 

 

マヤさん…

青葉さん…

日向さん…

副指令…

それに、アスカ…

 

みんな…

 

ごめん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、一度だけ、シンジの意識は戻った。

 

呼び覚ましたのは、ミサトのくれたペンダントの感触。

 

そこは、成層圏だった。

 

 

 

目の前には、レイがいた。

 

第壱中学校の制服を着ていた。

 

太陽光を反射して、輝く月。

 

その月の光を受けて、おぼろげな輪郭が、幻想的に揺らめいている。

 

レイは、時折、カヲルに姿を変える。

 

 

 

「綾波………」

 

 

 

レイは、いつものように無表情だったが、シンジは、その瞳に悲しみの色を見い出した。

 

 

 

「そうか………僕は、負けたんだ」

 

 

それは、量産機に対してか、

 

あるいはゼーレに対してか、

 

それとも…やはり自分に対してなのか。

 

 

 

「遅かった…………」

 

 

気付くのが。

 

 

目覚めるのが。

 

 

 

レイが手を伸ばして、シンジの頬に触れた。

 

 

その瞬間――――

 

 

流れ込んでくる。

 

 

レイの記憶。

 

 

カヲルの記憶。

 

 

注ぎ込まれる二人の想い。

 

 

 

失われたものの大きさ。

 

 

 

シンジの瞳から、涙がひと粒、零れ落ちた。

 

 

 

 

ごめん…………綾波。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、世界がどうなったのか――――分からない。

 

 

 

Lead to NEXT Episode...

Back to Before Episode...

 


 ご意見・ご感想はこちらまで

(updete 2000/07/02)