Episode-13「Tri-Unison(三つの絆)」


 

 

62

 

 

 

「んぐっ…んぐっ…んぐっ…んぐっ………ぷっはぁ〜っ、かぁ〜〜っ!!!

 やっぱ人生、この時のために生きているようなもんよねぇ〜〜」

 

葛城邸、いつもの夕食風景。

 

「ミサト……オジンくさぁ〜い」

 

テーブルに肘をついて、レオタードにTシャツ一枚という格好のまま、足をぶらぶらさせていたアスカが、ミサトの飲みっぷりに、ジト目を向ける。

 

「へっへ〜、こればっかりは、何と言われようと止めらんないわ。 ビールは人類の宝ねぇ♪」

 

舌をぺろっと出したニコニコ顔のミサトは、アスカの視線をものともせず、二本目の缶のタブをプシュッ、と開ける。

 

「……いっつも、こうなワケ?」

 

アスカはあきれ顔で、隣で食器を並べているレイを見る。

レイは、アスカとお揃いのレオタードに、やはりTシャツ姿。

ちなみに、アスカはTシャツに描かれた音符模様の色がピンク、レイのは水色だ。

変なところでこだわりを見せる加持である。

 

「ええ......ミサトさんの一日の平均酒量......缶ビール換算10本」

「10本ん〜?!……ミサト。あんたが嫁き遅れてる訳、絶対そのせいよ」

「ぐっ……お、大きなお世話よ」

 

アスカの言葉、ミサトの頭と胸にぐっさあ!

 

「嫁き遅れ......適齢期を過ぎても嫁に行かないこと、または人。同義語......嫁かず小母。嫁かず後家。

 ......ミサトさんは、嫁かず後家......?」

「れ、レイ……あ、あんたまで」

 

「正しい用語解説」をされ、茫然自失、しくしく涙のミサト。

 

「ぷっ……あーはっはっはっは! レ、レイ…あんたいけてるわ。やっぱ、面白い子ね」

 

アスカ、お腹を抱えて爆笑。

 

「アスカ......私、面白い......?」

「最高、最高!」

 

くくくっ、と目の端に涙をためて笑いを堪えるが、我慢できなくなって再び爆笑。

レイは良く分からないが、なんとなく嬉しそうに微笑む。

 

「アスカ……レイにあんまり変なこと教えたら、おしおきするわよ…」

 

ベコッ、と缶ビール(これはスチール缶だった)がひしゃげ、俯いたミサトから、地獄の底から響いてくるような低〜い声が。

黒いオーラを背後にまとわりつかせたミサトに、ギンッ、と睨まれて、さすがのアスカもひきっ、と凍り付く。

 

「や、やぁ〜ねぇミサト。軽いジョークじゃないの…あ、あはは」

「へぇ〜…そぉお…」

 

ミサトの殺気を感じて、アスカは汗をだらだら流す。

 

「ご、ご飯……そ、そうっ、ご飯はどうなってるのよ、シンジぃ!」

 

不意に思いついて、アスカは話題を夕食に振る。

ナイス、あたし!

 

実は、昼もロクに食べてなかったので、本当にペコペコ状態でもあったのだ。

 

「ごめん、今できるよ…運ぶの手伝ってくれる?」

 

一人、キッチンでおさんどん少年をしていたシンジが、平和な声で返事をする。

 

「しょうがないわねぇ、このあたしが手伝ってあげるわ!」

 

いやいや、という感じで立ち上がったものの、内心、この危機的状況から逃げられると、ほっとしていた。

 

そそくさと席を立ち、キッチンへと向かったアスカを見送ってから、ミサトはビールをテーブルに置いて、くすりと笑みを見せた。

ミサトにしても、本気で怒っていたわけではない(…と思う)。

それよりも、アスカとレイが、いつの間にか名前で呼び合っていることの方が、ミサトには嬉しかった。

少しあっけに取られている水色の髪の少女を見て、微笑む。

 

「良かったわね、レイ。アスカと仲良くなれて」

 

レイは、ミサトをゆっくりと振り返ると、小さく、だが嬉しそうに微笑みを浮かべた。

 

「......はい」

 

レイは答えると、アスカの後を追って、ぱたぱたとスリッパを鳴らしてキッチンに消えた。

 

ミサトは缶を小さく掲げると、祝杯に見立てて、中身をあおった。

 

 

 

 

 

 

 

「うっわぁ……シンちゃん、頑張っちゃったわね、今日は!」

 

ミサトは普段、シンジの料理を見慣れているにも関わらず、運ばれてきた料理の数々を見て、目を輝かせる。

 

料理を運びながら、アスカも半分驚き、半分あきれていた。

 

「しっかし…これ、ホントにあんた一人で作ってんの?」

「?そうだけど…」

 

アスカが、両手を腰に当てて、エプロン姿のシンジの全身を、上から下までジロ〜っと見る。

 

「な、なに?」

「…こぉのへんに、料理マシーンでも隠してんじゃないのぉ?うりうり」

「わっ、や、やめてよアスカっ…あっ、あははっ、く、くすぐったいってば…っ」

「……仲良いわねぇ、二人とも」

「「えっ……」」

 

にこにこ、と笑いながらミサトに突っ込まれて、シンジとアスカは同時に顔を赤くした。

アスカはサッとシンジから離れる。

 

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよっ、ミサト!なんでシンジなんかと…って、あああんたも、もじもじしてんじゃないわよ!!」

「…ご、ごめん」

 

アスカは顔をプルプルさせながらミサトに詰め寄り、シンジはそのまま俯いて硬直。

 

「あっはっはっは…ごみんごみん。さっきのおかえしよン♪」

「〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 

ぷくくくっ、とミサトに笑われて、アスカはぷるぷると拳を震わせる。

 

「うわっ、あっ、あはははははっ、やっ、やめてぇっ」

「「?!」」

 

唐突なシンジの笑い声に、振り返ったミサトとアスカが見たものは……

レイに背後からくすぐられるシンジの姿だった。

 

「レ…レイ?」

「……あんた、なにしてんの?」

「......碇君が......楽しいかと思って」

「……あ、綾波、さん?」

 

沈黙。

 

「……ぷっ」

「ぷははははははっ、何考えてんのよ、レイ!」

「あ、綾波……あれは別に、楽しくて笑ってたわけじゃ…」

「......そう、なの?」

「ひー、ひーっ、さ、さっきのバカシンジの顔っ……『やっ、やめてぇっ』だって…くくくっ」

「シ、シンちゃんったら、女の子みたぁい。ぷぷぷぷっ…」

「そ、そんなに笑うことないじゃないかぁ、二人ともっ」

「だぁってぇ…ぷっ」

「.........ごめんなさい」

 

自分の勘違いに気付いて、レイは恥ずかしそうに俯いた。

 

「いいよ…綾波のせいじゃないから…」

 

しくしくと涙しながら、シンジはレイの肩をポン、と叩いた。

そして、止まらなくなったように笑い転げる二人を見て…

 

「もうっ、いつまで笑ってるんですか!ミサトさんもアスカも、ご飯あげませんよ!」

「わあっ、そ、それだけは勘弁して、シンちゃ〜ん」

「わ、わかったから、早く食べさせてよ…もう、お腹ぺっこぺこで…」

 

途端に、欠食児童のような顔になってシンジにすがりつく女性二人に、シンジはやれやれとため息をついた。

 

「…じゃ、早くテーブルについてください。せっかくの料理が、冷めちゃいますから」

「やたっ、ラッキィ!」

「はいはいはいはい、ついたから早く食べるわよ!」

「じゃ、綾波も」

「.....うん」

 

「「「「 いたたぎまーす! 」」」」

 

そうして、ようやく夕食が始まった。

それは、アスカがこの家に来てから、初めて4人で囲む食卓だった。

 

「んーっ、さすがシンちゃん!絶品ね」

「......おいしい」

 

ミサトがシンジの料理に舌鼓を打ち、レイもおいしさを噛みしめながら、どうしたらこんなにおいしく作れるのだろう、と考えていた。

 

「………」

「あの……アスカ? おいしく…ない、かな?」

 

一番大きな皿に盛られたメインディッシュの一つ、ハンバーグを口に入れたまま固まっているアスカを見て、シンジはおそるおそる声をかける。

 

「お、おいしい…」

「ホント?! よかったぁ」

 

シンジが、ぱぁっと顔を輝かせ、自分でもハンバーグを口にする。

 

アスカは、それ以外に表現のしようがなかった。

くやしいが、シンジの料理は本当においしい。

昨日、この料理を食べ損ねたのは、まったく失敗だった。

 

アスカの好物は九州ラーメン(日本で初めて立ち寄った佐世保で食べて気に入った)だったが、この時の食事がもとで、ハンバーグがその中に加わったことは、言うまでもない。

 

「あれ……レイのお皿、ハンバーグがないじゃない」

 

アスカは、ぱくぱくと食事を進めるうちに、それに気付いた。 

 

「ああ、それは…」

「肉......きらい、だから」

「肉が嫌いぃ〜?」

 

キラーン☆ とアスカの目が光る。

 

「駄目よ、レイ。好き嫌いはいけないわ。……肉も食べられるように、特訓するわよ」

「いや、アスカ…でもね」

「好き嫌いは......いけない?」

「そうそう。食事にはバランスってもんがあるのよ!それに、好き嫌いは体にも悪いのよ」

「......うん。がんばる......」 

 

レイが納得してしまったので、シンジは驚き、アスカはレイの意外な弱点を見つけて、どこか嬉しそうだった。

そしてミサトは、ビールを片手に、にこにこと子供たちの様子を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ…アスカは?」

 

部屋からリビングに出てきたミサトは、洗いものを終えてお茶を飲んでいたシンジに訊いた。

 

「お風呂です。…食休みしないとお腹に悪いって言ったんですけど、昼間の汗を流してなかったですからね。我慢できなかったみたいで」

 

シンジの言い方が、まるで世話女房みたいだったので、ミサトはシンジに気付かれないように、くすっと笑った。

 

「レイは…?」

「着替えを取りに行くって、自宅へ」

「そう…あ、私にももらえる、それ」

「あっ、はい。今煎れます…」

 

かいがいしく、お茶(ほうじ茶だった)の用意をするシンジ。

ミサトは、タンクトップにミニパン姿で腰を下ろす。

ガラステーブルに両肘をついて、その上に顔を乗せると、シンジの顔をじっと見つめた。

 

「はい、どうぞ。熱いから、気を付けてくださいね」

「…サンキュ。ずず……ん、おいし」

 

どういたしまして、と言うと、シンジはリモコンを操作してテレビをつけた。

スピーカーから、野球中継が流れ出す。

日本人の野球好きは、セカンドインパクトという大惨事にもめげず、連綿と続いている。

 

「ところでさぁ…」

「はい?」

 

シンジは、自分のほうじ茶に口をつけた。

 

「アスカとレイ……シンちゃんはどっちが好きなの?」

「ぶうーーーーーーっっっ!」

「あれま、すンごいリアクション♪」

 

シンジは飲んでいたお茶を吹き出してしまい、げほげほと咳き込んだ。

 

「な、な、い、いきなり何言うんですか、ミサトさんっ!」

 

シンジは、完全に取り乱しながら、わたわたわたと両手を勢い良く振った。

あまりのリアクションに、ミサトはきょとんとし、それから、からかうように笑った。

 

「ま、どっちでもいいんだけどさぁ。…女の子、泣かせちゃダメよ」

「し、知りませんっ!」

 

赤い顔のまま、プイッと顔を背けたシンジに、今度はフフッと微笑むミサトだった。

 

 

 

「……ありがとう、シンジ君」

「…えっ?」

 

ミサトから視線を逸らして、画面をぼーっと見ていたシンジは、突然、真面目な声をかけられて振り返る。

 

「なにがですか…?」

「……レイとアスカのこと。どうやって、二人を仲直りさせたの?」

「あ……いえ」

 

ミサトに見詰められて、シンジは困ったように頭を掻いた。

なんと答えようか、迷っていると、

 

「ごめんね…本当は、私がなんとかしなくちゃいけなかったのに……これじゃ保護者失格、ね」

 

ミサトは、手元の湯飲みに目を落として、自嘲気味に呟く。

 

「そんなことっ…ないです!」

「……シンジ君?」

 

ガタン、と椅子を鳴らして立ち上がったシンジを、ミサトは不思議そうに見た。

 

「そんなこと…絶対ないですっ。ミサトさんのおかげで、綾波は、少しずつ女の子らしくなってるし、アスカだって…」

「……ありがと、シンちゃん」

「それに、僕だって…僕は…」

「…?」

「ミサトさんがいなかったら…今の僕はなかった。ミサトさんがいてくれたから…」

「シンジ君……」

 

ミサトの見ている前で、シンジの黒い瞳から、ポロポロと滴がこぼれ落ちた。

 

「あれ……ヘンだな……」

 

シンジは下を向いて、自分の掌に落ちた滴を見た。

そうしてようやく、自分が泣いていることに気付く。

 

ぎゅっ。

 

「あ……」

「シンジ君」

「ミサト、さん……」

 

気が付くと、シンジはミサトの腕の中に抱きしめられていた。

ミサトの匂いが、鼻腔を満たす。

 

「ありがとう、シンジ君。 シンジ君がいてくれて、よかった…」

「……ミサトさん。もう少しだけ…こうしていても、いいですか」

「……ええ、いいわ」

 

シンジは、ミサトの温かさを感じながら、少し目を閉じる。

これまで、張りつめていたものが、その温かさの中に解けていくような気がした。

 

「……大人の傲慢かもしれない。でも…シンジ君、あなたたちには、幸せになってほしい」

「………」

 

ミサトの手が、シンジの髪を撫でていた。

 

シンジにアスカ、そしてレイ。

自分たちと比べても、彼らはこれまで、到底、幸多き…と呼べる人生ではなかったと思う。

この戦いが、終わったなら…きっと、幸せになってほしい。

……私たちの分まで。

 

だが、ミサトの腕の中で、シンジは思っていた。

 

それは、ミサトさんも同じです。

ミサトさんに加持さん…それにリツコさん。

マヤさんも、日向さんも青葉さんも、副司令も。そして……父さんも。

みんなに、それぞれの幸せを掴んでほしい。

 

…もちろん、自分には、その幸せを用意することなどできない。

だけど、その選択肢を狭めないように、努力することはできるかもしれない。

……そのために、自分は今、ここにいるに違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

ガチャッ。

キィ……パタン。

パタパタパタ……。

 

「あ、綾波。おかえり」

「やっほー、レイ♪」

「......ただいま、碇君。ミサトさん」

 

おかえり、っていうのも変だな。綾波の家は、隣なのに。

 

そう思って、シンジはくすっと笑みをこぼした。

いつのまにか、そういうやり取りが当たり前になるほど、レイは馴染んでいた。

 

「綾波も、飲む?」

「.....ええ」

 

コクリとレイが頷いたので、シンジは3つ目の湯飲みを用意した。

 

バタン。

 

と、キッチンに2つある冷蔵庫の一つが開いて、中から黒と白の生き物が、勢い良く飛び出してきた。

 

プルプルプルプルッ、と首を振って、「クェッ」と一声。

 

「あら、今日は随分とお寝坊さんだったわね、ペンペン♪ もう、夕ご飯済んじゃったわよ?」

「ク、クエェッ?!」

 

ペタペタペタペタッ…と慌てたようにリビングにやって来ると、レイの目の前で、何かを訴えるように手…ではなく羽を振り回す。

 

「......お腹......空いたのね」

「クエェ…」

 

悲しげに鳴くペンペンを抱え上げると、レイはその頭を撫でてやった。

 

「碇君......?」

「ああ、ペンペンのご飯は、ちゃんと用意してあるよ。冷蔵庫に入ってるから、綾波、出してくれる?」

「わかったわ.....」

 

レイは、いったんペンペンを下ろすと、パタパタとキッチンに向かった。 

 

一方、床に降りたペンペンは、飼い主であるミサトの前にトテトテと歩いていく。

 

「クエッ、クエエ」

「ふんふん?先にお風呂に入ってくるの」

「クエ」 

「いってらっさい♪」

 

ペンペンは一度、こっくり嘴を下げると、てってけてーと廊下を走っていった。

 

「……あれ? なにか忘れてるような…」

 

レイ用の湯飲みに、きゅうすからトポトポとほうじ茶を注ぎながら、シンジは首を傾げた。

 

しばらくして…。

 

『きゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!』

 

「あ。」

 

遠くの方から、アスカの悲鳴が聞こえてきた。

 

……ドタドタドタドタドタドタッ!!

 

「みっ、みっ、みっ、ミサトぉっ?!」

「あ、アスカ…?!」

「どったの、アスカ…?」

「......?」

 

慌てまくった様子で、バスタオルを裸の上に巻いただけのアスカが、飛び込んできた。

クリーム色のバスタオルからのぞく、アスカの白い肌に、シンジは思わず顔を赤くする。

 

「ば、バスルームに、へんな物体がぁっ!」

「変な……ああ、彼ね」

「かっ、彼?!」

「我が家のもう一匹の家族よ。ペンギンのペンペン。可愛いでしょ♪」

 

アスカの反応が、シンジが最初にこの家に来た時と、そっくり同じだったので、ミサトは笑ってしまう。

 

「な、なんでペンギンが、お風呂に入るのよっ?!」

「新種の温泉ペンギンなのよ、ペンペンは」

「温泉ペンギン〜ん?!……な、なによ、それはぁ」

 

気の抜けたような表情で、がっくりと肩を落とすアスカ。

実は、昨日は不機嫌でさっさと部屋に籠もってしまったため、ペンペンとはこれが初対面であった。

 

「…は…は、はくちょっ!」

 

慌てて、体も拭かずに飛び出してきたためか、アスカは可愛らしいくしゃみをした。

が。

 

ハラリ…。

 

「あ。」

「あ゛……っ??!!」

「.........?」

 

『打ったぁ〜〜〜〜〜っ!!これは大きい、大きいぞっ!!』

 

静まりかえったリビングで、野球中継の実況が、攻撃側4番バッターの当たりを、大げさにがなり立てる。

 

「あぁらま……だいたん」

「き、金色……」 

 

ミサトはお茶を一口。

シンジは、何を見たのか知らないが、完全に思考が飛んでしまったように、意味不明のことを呟く。

 

アスカは、一瞬、茫然としていたが、さっと、落ちたバスタオルを拾い上げると、体に巻き付ける。

ぷるぷるぷる…と体が震えている。

その顔は、完熟トマトも真っ青…いや真っ赤、というほど赤い。 

目もちょっぴり潤んでるようだ。

 

気まず〜い沈黙が流れる。

 

「……シンちゃん。何か一言」

「……あ、あたま隠して尻隠さず……な、なんちゃって」

 

思考が半分、あっちの世界に飛んでしまっているシンジが、意味不明のフォローをした瞬間。

 

ぶちっ!

 

「…Vielen Dank !!!」

 

アスカの怒りの回し蹴りが、シンジに炸裂した。

 

どがっ!!!

 

「ぶがごっ……!」

 

「……アスカ、見えたわよ」 

 

強烈な一撃に、シンジはリビングの端まで吹っ飛び、そこに運良く置いてあったクッションに激突、轟沈。

ミサトは、あっちゃ〜…という顔で、ほうじ茶をすすった。

 

「Hっ!バカ!ヘンタイっ!すけべっ!信じらんなぁ〜いっっ!!」

 

アスカは赤鬼のごとく叫ぶが、シンジにはすでに聞こえていない。

 

「碇君......っ!」 

 

ワンテンポ遅れて、レイが倒れたシンジの元に駆け寄ろうとする。

 

「ほっときなさいよっレイ、そんなバカッ!!」

「どうして、碇君を蹴るの......」

 

少しだけ怒ったような顔で、アスカを見るレイ。

アスカは、そのただならぬ迫力に押されながらも、両手を腰に当てて胸を張る。

 

「決まってんでしょっ!お、女の子の、は、裸見たのよ、当然の罰でしょぉがっ!!」

「......?」

 

その言葉を聞いて、レイはきょとんとした顔になる。

 

「裸を.....見た、から?」

「そ、そうよっ!」

 

アスカは、堂々と胸を張りつつも、なぜか顔は真っ赤。

 

「......私も、見たわ」

「………………………はい?」

 

レイが何を言っているのか分からず、アスカは間抜けな顔で頭の中が「??」。

さすがにミサトは気付いて、苦笑した。

 

「私も、見たから......アスカに、蹴られなければならない......?」

「あ、あんたは女だからいいのよっ」

「女性は......見ても、いい?」

「あ、あんた…」

「……ぷっ」

 

アスカは茫然となり、ミサトは思わず吹き出しながらも、アスカの対応に任せることにした。

 

「あんたには、じっくりと教える必要がありそうね…レイ」 

「?」

 

アスカは大げさにため息をつき、レイを呼び寄せると、しばらく「淑女のたしなみ(?)」についての講義を始めた。

レイは、時折、首をかしげながら、アスカの話に聞き入っていた。

ミサトは、アスカの「過激な対処の仕方」を聞きながら、あとでフォローしとかなくちゃね…と苦笑を浮かべた。

だが、アスカがレイに教え諭している光景は、とてもほほえましいものだった。

 

ところで、その騒動の元凶(?)となった碇シンジは、クッションで伸びたまま、何故か幸せそうな顔をしていたという。

 

 

 

 

 

63

 

 

 

 

「うぅ〜〜〜〜〜〜〜ん……どうも、違うわねぇ」

 

翌日。

 

再開するアスカとレイのユニゾン訓練。

3回、通しで踊ってみたところで、ミサトが首を傾げた。

 

アスカとレイは、やはり汗びっしょりで、アスカはしきりにTシャツをパタパタさせている。

分かってはいたが、やはり日本の夏(ずっと夏だが)は暑い。

 

アスカとレイの踊りは、飛躍的な変化を遂げている。

それは、アスカが自ら、レイに積極的に合わせようとしているからだ。

 

アスカは、昨日とはうってかわって、別人のように伸び伸びと踊っていた。

それは、周囲を突き放そうという険と力みが取れ、アスカの美しさがそのまま表れたような踊りだった。

見ている全員が、思わず引き込まれるような、自然な綺麗さ。

シンジは、状況も忘れて、その姿にぼーっと見とれていた。

 

レイは、最初からアスカと合わせようとしているのだから、もうそろそろ二人のユニゾンがぴったりと合ってもおかしくはない。

ないはずなのだが…。

 

「......ごめんなさい」

 

両膝に手をついて、小さく俯いていたレイが、呟いた。

 

レイには、アスカが自分のために、明らかにペースを落としてくれているのが分かる。

嬉しい。

でも、自分はそれに応えて合わせることができない。

悔しい。つらい…。

 

表情を曇らせるレイの目の前に、すっとタオルが差し出された。

 

「ほら、あんたのせいじゃないわよ。 あたしだって合わせられないんだから、あんたが謝る必要なんてないの」

「アスカ......」

 

アスカの口調はぶっきらぼうだったが、レイは凄く嬉しかった。

レイはタオルを受け取ると、「うん......」と呟く。

アスカは、それを確認してから、「おっかし〜わねぇ、どこがいけないのかしら。タイミングは合ってるはずよね」と、ぶつぶつ言いながら、手や体の動きを確認している。

 

「う〜ん、せやなぁ…だからその、そこでもちょっと、足をこう…」

「いやいや、違うって、それじゃ手が反対だよ、トウジ」

「だから、そこで綾波さんの腕が…」

 

本日も、学校帰りに葛城邸を訪れているトウジ・ケンスケ・ヒカリの三人が、それぞれ実演してみせる。

 

「ぷっ…あはははははっ、な、なによその鈴原の格好!それじゃ、タコ踊りよ!」

 

トウジの、世にも奇妙な動きを見ていたアスカが、堪えきれずに指さして爆笑する。

 

「う、うるさいわいっ!誰のために協力しとる、思てるねん!」

「だ、だぁってぇ…ぶはははははっ!す、鈴原のレオタード姿、想像しちゃって…」

「…ぷっ」

「あははははっ、そ、そりゃいいや!」

「オ・ノ・レ・ら・なぁ〜〜〜〜〜っ」

 

トウジが真っ赤になって拳を振り上げ、アスカは思わずトウジのレオタード姿を想像してしまい、さらに爆笑。

ケンスケもつられて爆笑し、ヒカリだけは、何とか堪えようとするものの、俯いたままプルプルと体が震えている。

 

「あのね、アスカ……これ、一応、戦闘訓練なんっスけどね」

 

爆笑しまくる子供たちに、作戦部長としての立場もあるミサトは、こめかみを押さえてため息をつく。

肩の力を抜くのは結構なことだが、これじゃ抜けすぎだ。

 

「どうだい、シンジくん?」

 

そのやり取りを面白そうに見ていた加持が、隣のシンジに訊ねる。

 

「はぁ……」

 

突然、訊ねられたシンジは、返答に困る。

実際のところ、シンジの目から見ても、二人の踊りは文句のつけようがない。

しかし、どこがどう、というわけではないのだが、微妙に違うような気がする。

 

「分からないかい?……となると、いよいよコレの出番かな」

「えっ?」

「なによ、アンタ。何かいいアイディアがあるわけ?」

「そりゃあ、一応、発案者だからな」

 

加持は、いたずらっぽく笑うと、手に持っていた紙袋を上げて見せた。

どうやら、加持は初めからこの事態を予想していたようだ。

シンジとミサトは驚いた。

 

「お〜い、アスカ。ちょっと待ってくれ」

 

加持は、訓練を再開させようとしたアスカとレイに待ったをかける。

 

「なんですか、加持さん?」

「......?」

「じゃ、シンジくん、よろしく」

「……へっ?」

 

ポンと紙袋を手渡されたシンジは、加持の意図が分からず、思わず受け取った紙袋と加持の顔を見比べる。

 

「開けてみてごらん」

「なによ…何が入ってるの?」

 

果たして、その中から出てきたものは…

男子用のレオタードと、アスカとレイとお揃いのTシャツだった。ちなみに、音符模様の色はグリーン。

 

「これって…」

「そう、シンジくんが、それを着て踊るのさ。いわば、三人でのユニゾン訓練、かな」

 

「「「「「「「 えええぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っっ??!! 」」」」」」」

 

シンジを含む全員から、驚きの声が上がるが、加持はまるで気にしていない。

 

「なに言ってんのよ、加持!2人でも苦労してるってのに、3人じゃ…」

 

抗議しかけたミサトは、途中でハッと気付く。

 

「……なるほど、いい考えかもしれないわ、それ」

 

加持は、同じことに気付いたミサトに、にやりと笑ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ……行くわよ?」

「う、うん」

「......いいわ」

 

アスカ、シンジ、レイの順で並んだ同じ格好の三人は、音楽のスタートを待つ。

 

「いいね、アスカはシンジくん。レイちゃんはシンジくんにそれぞれ合わせて踊ってみてくれ」

 

加持が、最終確認を取る。

 

「あの、僕は…」

「シンジくんは、自分のペースで踊るといい」

「はぁ…でも…」

「それで、本当に合うのぉ、加持さん?」

「ま、ものは試しさ」

 

イマイチ、納得行かないような3人に、加持はただ笑ってみせるだけだ。

 

そして、音楽がスタートした。

 

踊り出すアスカ。

踊り出すシンジ。

踊り出すレイ。

 

数フレーズを過ぎて……

 

(………!)

(.........!)

(これは……!)

 

ミサトたちギャラリーも息を呑む。

 

 

 

伝わる――――――!

 

指から指へ…

 

肌から肌へ…

 

瞳から瞳へ…

 

 

 

先頭を行くのは、やはりアスカだ。

少し、早いペースを、シンジに合わせる。

 

独特のペースで踊るレイ。

わずかに早めて、シンジに合わせる。

 

そして、シンジ……。

 

伝わる――――――!

震える――――――!

 

真ん中のシンジが、アスカとレイのアンプリファイア(増幅器)のように、二人の波長を合わせ、そして、それを増幅させつつ響き渡る。

アスカの中に……

レイの中に……

 

(シンジ……レイ……)

 

そして、アスカはシンジとレイを想う。

 

(碇君......アスカ......)

 

そして、レイはシンジとアスカを想う。

 

(アスカ……綾波……)

 

そして、シンジはアスカとレイを想った。

 

 

それは、トリオ(三重奏)でありながらデュオ(二重奏)、デュオでありながらトリオの、不思議な演奏だった。

 

いつの間にか、三人は、まったく意識することなく、ユニゾンを果たしていた。

ひとつに―――――。

 

 

 

そして、演奏が終わる。

 

 

 

……パチ、パチ、パチ。

 

「……お見事!」

 

加持は拍手し、ミサトは歓声を上げた。

 

「…どないなっとんのや!すごいやんけ、三人とも!」

「……しまったぁ。見とれてて、カメラ回すの忘れてた……とほほ」

「凄いわ……アスカ。綾波さんも、碇君も!」

 

一拍遅れて、ギャラリーの3人も興奮したように、口々に囃したてた。

 

「……まぁまぁ、ね」

「......いま......ひとつに、なった」

 

アスカは、口では控えめな感想を述べつつも、満足げだった。

レイは、初めての感覚に、戸惑いつつも、その心地よさに震えている。

そして、シンジは……

 

(うまく……いったみたいだ)

 

内心、ほっとしつつ、加持に対して舌を巻いていた。

おそらく、自分に作戦を聞いたとき……最初から、これを考えていたとしか思えない。

やっぱり、加持さんはすごい。

 

「……ま、最終的にはこれをシンジ抜きでできるようにしなきゃね」

「そうね。実際の戦いの時には、シンジ君は出られないんだから」

 

アスカが気を引き締め直し、ミサトもそれに頷く。

 

「そうと決まれば……レイ、シンジ!特訓よっ」

「待ったあっ!」

「……は?なによ、鈴原」

「ちょ、ちょこっとだけ、ワシにも踊らせてくれんかいのぅ」

「はぁ?バカじゃないの、アンタみたいなサルにできるはずないでしょ!?」

「い、今なら、ワシも踊れそうな気ぃがするんじゃ!」

「錯覚よ、錯覚!」

「そ、惣流〜っ!」

「あ〜っ、うっとうしいっ!さっさとやるわよっ、シンジ、レイ!」

 

 

 

 

 

そして、残り4日の訓練の日々が始まった……

 

 

 

 

 

ユニゾン特訓前、アスカの部屋で一緒に着替えの最中。

「二人とも、用意できた?」

「きゃぁーっ、H、バカ、ヘンタイ!覗かないでよぉっ!」

「ごっ、ごめん!」

「まったくもう…油断も隙もありゃあしないわね」

「......碇くん、なに?」

「こ、こらちょっと!あんたも、すっ裸で出ていこうとすんじゃないわよ!」

 

 

 

何を思ったか、浮かれたミサトが夕食を自作し、振る舞われたカレーで全員、撃沈。

「は、破壊力が、増してる…」

「に、人間の食べるもんじゃないわ…」

「俺、よく昔、死ななかったなぁ…」

「......これは、毒......?」

「な、なんでよぉ〜〜〜〜っ」

 

 

 

夕食前、テレビで野球中継を見ながら枝豆をつまむ加持。

「か、加持さん……おやじくさぁ〜いぃ(しくしく)」

「?そうか、夏はビールとこれ、だがなぁ…」

「あらぁ、そりゃ珍しく気が合うわねぇ」

「はい、おつまみできましたよ」

「「乾杯ー! ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ…ぷっは〜!」」

「......加持さんは、おやじ......?」

 

 

 

訓練後の風呂場にて…。

『......アスカ......胸、大きい』

『ふふ〜ん?そう、あんたもそのうち大っきくなるわよ』

『......やわらかい(むにむに)』

『きゃっ、ちょ、ちょっと、どこ触ってんのよ、レイ!』

………

「……か、加持さん。マズいですよぉ」

「シンジくん……これが男のロマンっていうものだと思わないか?」

「……ほほぉう。ロマンと一緒に、地獄へ落としてあげましょうかぁ?」

「「 !! 」」

 

 

 

 

今日も今日とて、ケンカの絶えないアスカとトウジ。

「今日こそは、踊らせてもらうでぇ…」

「ハンッ、何度やっても、返り討ちだっての!」

どげしっ!

「へごっ!」

「!」

「おおっ!(ジーーー……←カメラの音)」

「つ、つつぅ……へっ?」

むにゅむにゅ。

「すっ……すっ……すずはらのえっちぃぃぃぃぃっ!!!」

ばちぃぃぃん!!

「ぐわぁっ、カンニンやで、イインチョ〜っ!!」

「名場面だ…(ジーーー……←カメラの音)」

「……本物のバカね」

 

 

 

 

Nerv本部発令所。

「……マコト。お前、徹夜何日目だ?」

「……考えるの止めたよ」

「……だな」

「じゃ、お先に失礼しまーす♪」

「……帰れるのか、マヤちゃんは」

「ええ、今日のところは。……飲みます、これ?」

「……ゆ、ユ○ケル」

「……えぇ〜いっ、こうなりゃ、一気飲みだっ!!」

「しっ、シゲル!無茶だぞっ!」

「わっはっはっは〜っ!」

「あ、青葉さん?!」

「………ブザマね」

「そ、それは言い過ぎではないかね、赤木くん……」

 

 

 

 

 

 

……そうして、瞬く間に決戦前夜が来た。

 

 

 

 

 

 

「さってぇ、決戦はいよいよ明日だし。……今日は、リビングでみんな一緒に寝ましょう♪」

 

夕食後、ミサトがにこにこ顔で、そう提案した。

 

「え゛。」

「いっ、いやよ!」

「......みんな、いっしょ」

 

シンジは固まり、アスカはバン!とテーブルを叩いて立ち上がり、レイはなぜか顔が赤い。

 

「れ、レイとミサトだけならともかく…一匹ケダモノがいるしぃ」

「だっ、だれがケダモノなんだよっ!」

「そう言われて反応するってことは、自覚があるってことでしょ、バカシンジ!」

「ちっ、違うよっ!男は僕一人だし、その場合、どう考えたって…」

「大体アンタはねっ、あ、あたしの、は、裸見たり……せっ、責任取んなさいよっ!」

「責任......?」

「せ、せ、せ、責任って…?!」

「男らしく、指詰めるとか!ハラキリとかっ!」

「.....ハラキリ?」

「……アスカ。そりゃ、昔の映画の見過ぎよ。……この場合、責任っていうのはぁ」

 

ムフッ、と笑うミサト。

 

「やっぱし、お嫁にもらってくれってことじゃなぁい?」

「え゛……」

「......?」

「よ、嫁……そ、それって」

「ち、ち、違うわよっ!!そ、そんなんだったら、責任なんて取らなくていいわっ!」

 

真っ赤になって怒鳴るアスカを見て、ミサトと加持は腹を抱えて爆笑していた。

 

「ま、いいじゃないかアスカ、一日ぐらい」

「とにかく、これは命令よン♪」

 

ミサトに切り札を使われたアスカは、仕方なく承諾した。

「けど、シンジの隣だけはダメだからねっ!」

……と、付け加えはしたが。

 

「さて、と。それじゃ、俺はおいとましようかな」

「えぇ〜、加持さんもう帰っちゃうんですかぁ?」

「せっかくの団らんを、これ以上、邪魔しちゃ悪いからな。そうだ、シンジくん、ちょっといいかい?」

「あ、はい」

「じゃ、葛城。いつもの寝相で、レイちゃんとアスカを弾き飛ばさないようにな」

「げ……あたし、ミサトの隣もイヤ…」

「う、う、うっさいわねっ!あんた、さっさと帰りなさいよっ!」

「お〜コワ。…じゃなっ、アスカ、レイちゃん」

「おやすみなさーい」

「......おやすみなさい」

 

シンジは、玄関まで加持を見送って行った。

てっきり、アスカもついてくると思ったのだが、その気配がないのでシンジは少し、意外だった。

加持は、そんなシンジの思考を読み取ったかのように、靴をはきながら微笑していた。

 

マンションの廊下に出た2人は、空を見上げた。

上空には、三日月がかかっている。

静かな夜だった。

 

「そういえば、先日の綾波の件、ありがとうございました」

 

シンジが言う。

 

「ああ。別になんてことないさ。文字通り、NERVのデータベースの上っ面を撫でただけだからね。お礼を言われるほどのことじゃないさ。気にしないでくれ」

「はい」

 

加持は、NERVの職員カードをひらひらさせながら、軽い口調で言った。

 

「……さすがだよ、シンジくん」

「えっ?」

 

唐突に賞賛を受けたシンジは、何のことだか分からなかった。

 

「アスカのことも、レイちゃんのことも…それに葛城のことも。ま、色々とな」

「は、はぁ」

 

加持は、少し真面目な目で、シンジを見つめた。

 

「だが……君だって人間だ。一人で抱え込むのには、限界がある」

 

シンジはドキッとした。

 

「もっと他人を頼っても、いいんじゃないかな」

 

シンジは加持の瞳を見つめ……

 

「それは、加持さんも…じゃないですか」

 

加持は、意外な反撃に、ちょっと驚いたように目を大きく開き…ぼりぼりと頭をかいた。

 

「やれやれ、とんだやぶ蛇だったかな。……ま、俺にもこっちへ来てから、色々と思うところができてね」

「……無茶は…しないでください。ミサトさんが、悲しむから」

 

シンジが、真剣な表情で言う。

加持は苦笑し、

 

「ありがとう……と言いたいところだが、それはちょっとお節介、かな?」

「あっ……す、すみません」

 

シンジは、自分が余りにも出過ぎたことを言ってしまったことに気付き、赤面した。

男女のことなど、ろくに理解していない自分なのである。

 

「いや、冗談さ」

 

シンジが余りにも恐縮しているので、加持は笑った。

 

「……心に留めておこう。ご婦人を泣かせるのは、俺の主義に反するからな」

「はい……」

 

加持はニヤッと笑うと、火のついていないタバコをくわえた。

 

「……ま。俺に手伝えることがあったら、言ってくれ。今回みたいにね」

「はい……」

「おっ、早速なにかあるのかい?」

「い、いえ…」

 

シンジは、ちょっと躊躇って、周囲をさりげなく見渡した。

ここはマンションの上階だ。虫の声も、ほとんど聞こえない。

 

「あの、加持さんって……リツコさんとも仲がいいですよね」

「?リッちゃんかい……まぁ、昔馴染みではあるけどな」

 

予想していたのとは、まったく別のシンジのアプローチに、加持は少し意外に思った。

もしかすると、周囲の状況を慮って、無難な切り口を探したのかもしれない。

何しろ、この街はNERVの管轄下に置かれている。監視・盗聴には事欠かない。

 

なかなか用心深いな、シンジくんは。

 

加持は、シンジの周到さに、彼に対する評価をさらに修正する。

彼の目配りは、とても中学生とは思えない。

 

「その……リツコさんって、いつもNERVにいるし。なんというか、その…すごく寂しそうです、よね」

「……俺に口説けって?そりゃぁ、難しいかもなぁ」

「い、いえ…そうじゃなくて」

 

シンジは慌てて、両手をパタパタと振る。

加持は、それを面白そうに見ている。

 

「まあ、確かに、あまり社交的な生活はしていないかもな。俺も人のことは言えないが」

「ええ…。実は、何度か食事に招待もしてるんですが、なかなか来てもらえなくて…」

「そりゃもったいない。シンジくんの料理を食べ逃すなんて」

 

今度は、リッちゃんか。

 

…自分のことより、まず人の心配。

シンジらしい。

 

「……わかった。これから何かある時は、声をかけるようにするよ。籠もりきりってのは、体にも良くないしな」

「…ありがとうございます」

「それにしても…」

「え?」

「シンジくんは、色々と知ってるんだなぁ」

 

加持に笑顔で言われて、シンジは俯くしかなかった。

 

「いつか、話してもらえるのかな?」

「……はい。いずれ、きっと」

「期待しよう」

 

 

 

 

64

 

 

 

 

その夜。

 

シンジは、なかなか寝付けなかった。

確か、前回も、なかなか眠れなかったような気がする。

 

最後まで、ぶちぶち文句を言っていたアスカは、一番最初に寝入ってしまい、今は一番右のすみで、安らかな寝息を立てている。

結局、右からアスカ、レイ、ミサト、シンジの順番で寝ることに落ち着き、4人は川の字になって寝ていた。

 

シンジは、S-DATを聴きながら目をつぶっていたのだが、頭は冴える一方だった。

明日の戦いが気にならないわけではない。

だが、アスカとレイのユニゾンは、すでに完璧といえるまでに仕上がっている。

不安材料は、何もないはずだった。

 

……ふと、隣で誰かが起き上がる気配がした。

 

アスカがトイレに起きたのかな…?

 

前回のことを思い出して、シンジは思わず赤くなった。

だが、ミサトの背中ごしに見えるアスカは、起き上がる気配はない。

 

(綾波……?)

 

見ると、レイの姿がなかった。

トイレ……では、ないようだ。

 

シンジは、S-DATから流れてくるクラシックを数小節、聞き流してから、スイッチを切って静かに起き出した。

 

……ミサトが、薄く目を開けて、シンジがベランダへと移動したのを見ていた。

 

 

 

 

 

ほの青い月光の差し込む、静寂に満たされたベランダに、レイは佇んでいた。

 

柔らかに差し込む月の光の下で、流れてくる夜風に身を委ねている。

 

「綾波……」

 

シンジはその神秘的な光景に、思わず声に出して呟いていた。

レイが、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……眠れないの?」

 

シンジが訊ねると、レイはしばらく躊躇ってから、言葉ではなく、小さく頷いてみせた。

シンジはレイの近くによると、手すりに手をかけた。

夜風にさらされたそれは、ひんやりと冷たい。

二人は、並んで月を見上げた。

 

「もしかして、また何かアスカに言われたの?」

 

ちょっと気になったシンジは、訊いてみた。

レイは、すぐさまフルフルと首を振る。

その度に、水色の髪が、レイの淡い輪郭の上を滑り、月光の反射を小さく振りまいた。

 

「よかった。……綾波は、アスカが、好き?」

 

シンジが訊ねると、レイは……ゆっくりと微笑みを浮かべて、こくりと頷いた。

 

よかった……シンジは再び呟いた。

 

だが、レイはふと、顔を小さく曇らせる。

 

「.........」

「……何か、気になるの?」

「......あの時」

「えっ?」

「......アスカは、なぜ怒ったの......碇君」

「ああ……そうか」

 

シンジは、ようやく合点がいった。

レイは、アスカとの深刻な対立のきっかけとなった会話のことについて、ずっと気にしていたのだ。

今、アスカは、レイともすっかりうち解けている。

だが、レイとしては、だからこそ、その理由を知りたいのかもしれない。

 

「綾波」

 

シンジは、切り出した。

 

「人は誰でも……他人に知られたくない過去や、秘密があるんだと思う」

 

シンジは、ひとつひとつ言葉を選んで、ゆっくりと話す。

レイは、シンジの横顔を、じっと見つめている。

 

「それは、もちろん僕にもあるし……綾波、きみにも、あると思う」

 

それを聞いたレイは、これ以上ないくらい、大きく目を瞠った。

シンジが、ゆっくりと振り向いて、レイの瞳を覗き込む。

静かに……包み込むように。

 

なぜ......!

碇君は......なにか、知っているの......?

わたしのこと......

わたし......

わたしが......

 

レイの紅い瞳が揺れる。

だが、シンジはそれ以上、なにも言わずに、前方へ視線を戻した。

レイは、少しだけ鼓動を早くしながら、シンジの次の言葉を待った。

 

「そして……それは、アスカも同じなんだ」

「......アスカも......」

 

呟いて繰り返すレイ。

シンジは、静かに頷いた。

 

「たぶん、綾波の言ったことは、アスカのその部分に触れることだったんじゃないかと思う」

 

そしてレイは、ようやく自分の失敗に気付いた。

 

「......わたし......」

 

後悔の念が、レイの瞳の中で揺れる。

 

「……でもね。綾波のしたことは、間違ってなかったと思う」

 

「.....間違って......いない......?」

 

「うん。……辛いことや、悲しいこと。それを、全部、自分の中に抱えているのは、きっとすごく辛いことだと思う。

 だけど……もし、それをほかの人と分かち合うことができたら…?

 もちろん、それは簡単なことじゃ、ないと思う。

 ……でも、もし。

 誰かに支えてもらえたら……きっと、その何パーセントかは、心が軽くなるんじゃないかな」

 

「......分かち合う......」

 

「うん……。

 僕は……誰かに支えてほしいと思うし。

 ……誰かの、支えになりたいと……思う。

 お互いに……支え合っていけたら、いいと思う」

 

「......支え合う......」

 

「もし……綾波が……アスカを支えられるようになれば、いいね。

 アスカが……綾波を支えてくれるようになると、いいね。

 僕たちが……支え合えるようになったら……いいよね」

 

「碇君......」

 

「……きっと、アスカも寂しいんだよ。ずっと……一人だったから」

 

「.........」

 

 

やがて、二人はリビングに戻った。

レイも、シンジも無言だったが、それは、心地よい沈黙だった。

 

 

レイは布団に入ってからも、シンジの言葉を、心の中で、幾度も繰り返していた。

 

知らなかった。

アスカも、ずっと一人だった......。

 

レイは、小さく寝返りを打つと、横で寝ているアスカの顔を見た。

 

いつもの気丈な態度とは違う、あどけない寝顔。

レイの見てる前で、アスカも半分寝返りを打ち、レイの顔のすぐそばにアスカの顔が来る。

 

レイは、その寝顔を、じっと見つめていた。

 

……不意に、アスカの閉じられた瞳から、小さな滴が伝った。

レイは驚き、目を見開く。

 

「……、……」

 

アスカが、何かを言っている。

レイは、身じろぎもせずに、体を固くしている。

 

もう一度、アスカの寝言が聞こえた。

 

「………………マ…マ……」

 

その、切ない声が、レイの耳朶を打った。

 

レイは、自然にアスカの頭を引き寄せると、自分の両腕で抱きしめた。

 

栗色の髪を、ゆっくりと撫でる。

 

アスカの髪からは、今日、一緒に使ったシャンプーの香りがした。

 

やがて……アスカの寝息が、再び安らかなものに変わる。

 

それと同時に……レイの顔も、とても穏やかなものに変わっていた。

 

「......アスカ......」

 

小さな呟きは、母のような…姉妹のような…優しい声だった。

 

レイは、そのままアスカの髪を撫で続け……やがて、眠ってしまった。

お互いを包み込むように、寄り添ったまま。

 

 

 

 

 

 

 

すー……、すー……

すー……、すー……

 

隣から、安らかな2つの寝息が伝わってくるのを感じて、ミサトは、再び薄く目を開けた。

反対側では、黒髪の少年も、安らかな眠りについていた。

 

「……お疲れさまシンジ君……」

 

ミサトは小さく呟くと、彼らの寝顔に誘われるように、夢の園へと旅立った。

 

 

 

……その日から、レイの家族は3人になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目標は、強羅絶対防衛戦を突破!」

 

青葉の声が、NERV司令部に響く。

 

第7使徒、イスラフェルとの再戦の日。

 

 

 

「準備はいい、レイ?」

『......ええ、大丈夫』

「いい返事じゃない。……じゃ、行くわよ」

 

弐号機のエントリープラグ内で、アスカは不思議な身軽さを味わっていた。

 

これまでの特訓の成果だろうか。

レイが、すぐ側にいる気がする。……シンジも。

 

戦闘前の高揚感。

それとも、少し違う。

 

なんだろう、これは。

 

「…ふふ……なんだってのよ、これは」

 

アスカは、自然と口元に微笑みを浮かべていた。

 

 

『発進!』

 

 

ミサトの号令とともに、外部電源がパージされ、足下からGが襲ってくる。

それでもアスカは、不思議と心が静かだった。

 

 

 

 

 

シンジは、今回は発令所ではなく、外の状況の見えるモニター室で、加持と一緒に画面を見つめていた。

 

それは、前回、訓告処分を受けたからでもあるが、今は、どこにいても、アスカとレイの存在を感じることができる気がした。

だからシンジは、ただじっと、モニターを見つめている。

 

62秒のドラマ。

エヴァ弐号機と零号機、アスカとレイの、完璧なユニゾンを。

 

 

 

 

 

 

 

『トドメよっ、レイ!』

 

アスカの声が、零号機の回線を通じて聞こえる。

 

だが、レイは、アスカの声が聞こえる前から、自然に体が動くのを感じていた。

自分のすぐ側に、アスカと、そしてシンジがいる。

 

レイは、もう何も恐くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、ミサトにリツコ、マヤにシゲルにマコト、冬月が見守る中、第7使徒は撃退された。

 

歓声がモニターから聞こえてくると、シンジは加持と顔を見合わせ……固い握手をした。

 

 

 

 

 

 

 

65

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホラホラ、早くしなさいよっ、バカシンジ!」

 

そこは公園。

 

第壱中の制服を着たアスカが、同じく制服姿のシンジをせかす。

 

「そ、そんなこと言ったって…」

 

僕はケンスケじゃないんだから、写真なんて撮ったことないのに…。

 

ぶつぶつと呟きながら、シンジは手の中のカメラのセッティングを、慣れない手つきで行う。

 

「第一、なんで写真なんか撮らなきゃいけないのさ」

「あんたバカァ?あたしとレイが、初陣を飾った記念に、決まってるじゃないの!」

「......!」

 

アスカは、両手を腰に当てて大いばり。

アスカと同じ制服姿のレイは、よく分からないで事態を見守っていたが、その言葉に驚いた。

 

「私と......?」

「そうよ。ホラ、あんたもボーッと突っ立ってないで、さっさとこっちに来なさいよ」

 

第7使徒撃退の翌日。

「今日は、少し早くでかけるわよっ」

というアスカの言に従って、初めて、三人で葛城邸を出たシンジたちは、途中で、あの日の公園に連れてこられた。

 

そして、アスカはシンジに用意してあったカメラを押しつけ、写真を撮るようにせがんだのだ。

 

「エヴァ弐号機と零号機の、華麗なるコンビネーション!……その頃、ウワサの優等生、初号機パイロットは愛機の故障でお留守番…ほとんどオマケ。っていうか、オマヌケ?」

「そ、そんな言い方しなくても…」

 

思わず、いじけるシンジ。

 

アスカは、こっちに来たレイの肩に両手を添えると、自分は、その肩越しに覗き込むような位置に移動する。

 

「さ、早く撮りなさいよシンジ!」

「撮りなさいよ…って、ぼ、僕は?三脚とかないし、セルフタイマーだって…」

「なにバカ言ってんのよ。これはあたしとレイの記念なんだから、あんたは外野」

 

アスカにきっぱりはっきり言われて、シンジはしくしくと涙ぐむ。

 

いーんだ…今回、どうせ僕は、ぜんぜん戦ってないし…。

 

「.....アスカ......碇君も、一緒が、いいと思う」

 

振り返ったレイが、上目遣いで言う。

アスカは、笑って肩をすくめた。

 

「まあ、そんなに入りたいんなら、後で三人で撮ればいいわ。とにかく、一枚目をさっさと撮るのよ」

「はぁ。分かったよ…」

 

シンジが、疲れたようにカメラを構える。

 

「それじゃ…撮るよ?」

「ちょっと待った!」

「?」

 

シャッターに手をかけたシンジに、アスカがストップをかける。

 

「......どうしたの?」

「あんたよ、レイ」

「私......?」

「あのね。写真を撮るときは、笑うもんなのよ。分かった?」

「笑う......」

「ねぇ、シンジ。あんただって、レイが笑ってる方が、撮りがいがあるわよね?」

「え?…う、うん」

「.........」

「ホラ、シンジもああ言ってるわ。レイ、あたしとシンジのために、笑ってよ」

「......どうやって、笑えば、いいの?」

「はぁ?……だから、そうね。面白いこととか、楽しいことを思い浮かべるのよ」

「楽しい、こと......」

「あんただって、たまに笑ってることあるんだから、できるでしょ。ホラ、いくわよ」

 

アスカは、シンジに合図する。

 

「じゃ、じゃあ撮るよ。ハイ、チーズ」

 

アスカは、レイの肩から顔を出して、とびっきりの笑顔を浮かべた。

レイの華奢な肩を、きゅっと抱く。

 

そしてレイは……。

 

 

パシャッ。

 

 

 CG WORKS BY Mike156


■次回予告 

 

第7使徒を倒し、一時の休息が、シンジたちに訪れた。

そんな中、第壱中には、中学2年生最大のイベント、修学旅行が迫っていた。

アスカに連れられ、レイと共に水着を買いに行くことになったシンジ。

少しずつ変わる日常。

だが、まさか、修学旅行に行けることになるとは、さすがのシンジも予想しなかった。

 

 

 

次回、新世紀エヴァンゲリオンH Episode-14「修学旅行に行こう」。

 

 

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(updete 2000/07/30)