「日常あるいは穏やかではない日々。〜アスカ編」
Written by みゃあ
すべてが終わったら、何かが変わると、そう思ってた。
意外にもというか、当然のことながら、世の中そう簡単ではないと思い知った時には、すっかり二年が過ぎていた。神様というやつは、(信じてもいないが)、望んでいない時にばかり変化を求め、本当に望んだ時には、そのきっかけすら与えてくれない。
自分は変わった。
間違いなく、変わったのだ。ただし、変化とは常に客観的なもので。
それを観測する人間がいなければ、あるいは、その人間が気づかなければ、それは不変と同じこと。
…おお、罪深き子羊よ。
いつになったら変化を認めるのか。気が短いと書いて、短気と読む。
それはきっと、私の責任ではない。
「惣流!」昼休みが始まったばかりの学校の廊下は、喧騒に満ちている。
弁当箱を片手に教室を出たアスカは、ふと呼ばれたような気がして、振り返った。「伊駒?」
ショートボブに、ブレザーからのぞく日焼けした小麦色の肌。
2-Cのクラスメイトが、バタバタと駆け寄ってくるところだった。ええと?
お互いに苗字で呼び合っていることでわかる通り、特段親しくもない間柄だ。
アスカは二年から編入してきたこともあって、下の名前が思い出せない。
仲の良い友達には、「エッコ」と呼ばれていた気がしたから、エツコとか、エミコとかだろう多分。「何か用?」
呼び止められる理由が思いつかず、単刀直入に尋ねる。
少女は息を整えながら、上目遣いでアスカを見た。「あのね…」
十六歳になったアスカは、また背が伸びた。
伊駒は確か水泳部で、体格も良い方だが、並ぶとアスカの方が、わずかに見下ろす形になる。
そのせいでもあるまいが、少し言いづらそうに口ごもってから、彼女は意を決したように一息に言った。「五限の微積、課題やってあるっ?」
「ん、あるけど…」正味な話、日本の高2程度の数学は、アスカにとって課題と呼べるものではない。
眠気がMAXになる古文の授業中に、適当に片付けてあった。でも、そういうことか。
クラスで大して仲良くない自分を頼ってくるとは、それだけ切羽詰っているのだろうか?
青い瞳に金髪、大人びて、ハーフ然としたアスカは、どこか浮いていたので、こういう普通のアプローチは割と新鮮だった。「そういうのなら、笠木の方がいいんじゃないの」
伊駒らが普段形成している、仲良しグループの一員であるクラス副委員長の名前を挙げてみる。
「…笠ちゃん、きょう休みで、さ」
「ああ、そうだったっけ」それで、自分が最後の砦として選ばれたわけだ。
光栄というか何というか。
タイムリミットは、昼休みの数十分。丸写しするだけでもギリギリだろう。「貸すのはいいけどさ、伊駒。自分でやんないと身にならないわよ」
「うぅ、おっしゃる通り、誠にもってごもっとも。だけどもう時間ないのよ〜、きっと今回限りにいたします。お願いっ、神様仏様惣流様!」パン、と両手を合わせ、頭を下げて拝み倒す。
言い回しもそうだが、伊駒はしぐさが一々ひょうきんで、憎めない子だ。
このくらいで拝まれる筋合いもないので、アスカは軽く吐息して、ひらひらと手を振った。「別にいいわよ。ノート、机の一番上に入ってるから。始まる前には返してね」
感謝の雄叫びと、慌ただしく駆け去る足音を背中に聞きながら、アスカは大きく伸びをした。
普通の高校生をやっていくのも、それなりに大変だ。
「でさ、確かに『上手くできるようになるまでシンジからキスするの禁止』とは言ったけど、馬鹿正直にそれ守るって、どう思う? じゃあ、『舌絡ませるの禁止』とか言ったらどうすんのって話よ。…本当にやらなくなりそうなんだから、あいつ」口の中の厚焼き玉子をむぐむぐやりながら、アスカは、目の前に座る少女に無造作に話しかける。
洞木ヒカリ。
自他ともに認める、アスカの親友。
さばさばして、人当たりはいいアスカは、「友人」は多かったが、親友と呼べる間柄なのは、中学からの付き合いである彼女くらいだ。
クラスは違うが、お互いの都合がつく時は、こうしてお昼ごはんを一緒にしている。「アスカ…ご飯食べてる時に、ナマナマしい話するの、やめない?」
頬を赤くしたヒカリが、気まずそうに咳払いをした。
「え、生々しかった?」
「うん…」
きょとん、としている親友に、内心ため息をつくヒカリ。
アスカから、あけすけな話を聞かされるのは大して珍しいことではないが、食事時は遠慮してもらいたい。
正直、恥ずかしくて、味がわからなくなる。「ヒカリさぁ…」
自作の弁当に箸を伸ばし、ブロッコリーをつまみ上げて、ヒカリは、ん?と目線を上げた。
当時と変わらない、純朴な瞳は、やや大人びて女性らしさを増して見える。
シンジと同じ2-Aの彼女は、物好きにも、また委員長を務めていた。
他薦らしいが、引き受けてしまうところが、ヒカリのヒカリたるゆえんよね、とアスカは思う。
お人好しな性格は、今も昔も変わらない。「鈴原とはうまくやってる?」
ぽろ、とヒカリの箸から、緑色の塊が転げ落ちた。
アスカは、それには気づかないふりをしながら、こちらはシンジから朝受け取った弁当から、肉巻きアスパラをひょいと口に放り込む。「え、う、うん、まあ…」
先ほどとは別の意味で頬を染めながら、ヒカリは頷いた。
鈴原トウジは、アスカのクラスメイトで、彼もまたヒカリ同様、中学以来の縁になる。
関西弁のジャージ男というのが、アスカの認識する、変わらぬ彼のパーソナリティーだが、ヒカリにとっては、高校に入ってようやく思いを遂げた相手でもある。
当人たちは、アスカやシンジら、ごく限られた人たちにしか知られていないと思っているが、二人とも、わかりやす過ぎる性格をしているので、校内でも半ば公認の仲だった。付き合いだして一年以上も経つのに、彼女の反応は初々しい。
えへへ…と、照れ笑いするヒカリを見るアスカの目が、わずかに細められた。「あっちの方も?」
「?あっちって…」
無邪気に聞き返す純朴少女に、アスカの放ったのは身も蓋もない言葉だった。
「セックス」
ぶっ!
ものすごい音を立てて、ヒカリの口からタコさんウインナーの頭が高速で飛び出す。
幸い、落下した先は、弁当箱の中だった。
はしたない乙女の所業は、武士の情けで見なかったことにする。「な…ぁ…な、な、な」
みるみる、耳まで朱に染まっていくヒカリ。
「…その感じだと、やることはやってるみたいね」
「こっ…ここ、高校生なのよ、まだ私たち…っ!」
「はいはい、わかったわかった。ちゃんと最後までいってると」
アスカは、感心感心、と肩を叩く。
ぱくぱく、と二の句が継げないヒカリ。「しかも、もう何回かはしている…?」
「ひ、人の反応見て分析するのはやめてーぇ!」
禁断のプライベートを丸裸にされていくようで、ヒカリは悲鳴を上げた。
「ごめんってば。別にからかうつもりじゃなくて…」むくれるヒカリをなだめすかしながら、アスカは、やれやれと肩をすくめた。
彼女は、昔から潔癖なところがある。
シンジとの関係はオープンなので、ヒカリにも、無意識にそれを求めてしまったかもしれない。箸を置いてしまったヒカリは、腕組みして、そっぽを向いている。
その幼さの残るしぐさが可愛らしく思えて、アスカはくすっ、と笑みをこぼした。「ヒカリ、髪伸びたわね。似合ってるわよ」
高校に入って、トレードマークのお下げはやめたらしい。
やや、クセのある長い黒髪が、さらさらと初夏の風に揺れる。「え…うん。ありがと」
怒っていたはずが、アスカの話題転換に、簡単に乗せられてしまう。
彼女はとても素直な性格だった。「アスカは、最近短めにしているのね」
「ん、そうね」
あの頃は腰辺りまであった、金色の髪。
セミロングを無造作に束ね、時折のぞく細いうなじが、ものすごく大人っぽい。「シンジが気に入ってるみたいだから」
左手で髪を触りながら、無意識にアスカはつぶやく。
そのストレートさに、ヒカリの方が思わず赤面した。
アスカは、と見ると、こちらは平然としている。
そこに、照れというものはない。
つまりこれは、のろけとかではないのだ。
そこにあるのは、純粋な好意。実は、ヒカリが髪を伸ばしているのも、トウジの好みだからなのだが、いかに親友相手とはいえ、こんなに堂々とはとても言えない。
すごいなと、ヒカリは思う。
半年前、彼女と再会した時、その変わりように驚いた。
自分がまだ第三新東京市を去る前、時折気になっていた不安定なところは消え、ある意味達観したような大らかさを身につけていた。(碇君の方は、あまり変わってないみたいだけど…)
まさか、二人がそういう関係になっているとは。
シンジとの仲は、とても恋人同士という感じには見えなかったけれど、最近わかってきたことがある。たぶん二人は、もっと深いところで、認め合っているのだと。
…などと、ヒカリがせっかく、キラキラした乙女的想像を働かせているところへ、
「で、鈴原って、どうなの」
アスカは真顔で切り込んできた。
「え?」
「だからぁ、…アレの時よ」
「!?!?!?!」
・
・
・
すっかり白状させられてしまったヒカリは、肩を縮こまらせて、全身ゆでダコになっている。陸上を始めてから、トウジは身も心もたくましくなった、だの
ああ見えて、キスは意外と上手い、だの
最初の時は、すごく痛かった、だの
「そういう時」は、ケダモノみたいに求めてきて、ちょっと怖いだの
最近は前戯が短くて、すぐ挿れようとしてきて、やや不満だの
余計なことまで、洗いざらい喋らされてしまった気がする…。
「(恥ずかしい…消えてしまいたいっ)」
しかし、当のアスカはどこ吹く風で、一人、納得したように、うんうん頷いている。
「そうよね、それが普通なのよ」
「ふ、普通?」
「リビドーなんだから、自分の欲望を満たそうとするのは当たり前ってこと。
もっと愛撫して欲しいってヒカリの気持ちを差し置いて、挿入しようとするのは自然なことなわけよ」「ああああああああぁ…」
「なのに聞いてよ、この間、シンジったらさ」
頭を抱えて、絶望的な悲鳴を上げるヒカリを無視して、アスカは勝手に語りだした。
*
「シテよ…」
シンジの部屋に入って、ベッドに腰掛けてすぐ、そう口にしていた。
思っていたより、私って性欲が強いのかな。
学校とか、ほかに人がいるとそんなことはないのだが、ふたりきりになると、割と簡単に抑えが効かなくなる。
キスをしたくなるのって、フロイトによると口唇期(Die orale Phase)固着。
口唇での欲求が十分満たされないまま成長したりすると、この段階の欲求に異常にこだわるようになるわけ。最初の頃、キスをさせる口実に、よく使ったっけ。
「アスカ…最近、『フロイトによると〜』が口癖だよね」
困ったように言うヤツには、こっちから口をふさいでやった。
シンジのすることって、私には理解不能なことが多い。
不本意ではあったけど、もう随分と前に、私はシンジという人間を認めている。許容している。それを、こいつというヤツは、いつまでたっても理解していない。
それが、何より腹立たしい。
「戦い」という名の、私にしてみれば茶番の日々が終われば、気づくのだろうと思っていた。
…大して変わらないまま、二年が過ぎた。
体を重ねれば、いい加減、察するだろうと思った。
…ダメだった。
一体、この男はなんなんだろう!
アンタ以外に、私が身体を許すヤツが、他にいるとでも。
私を誰だと思っている。
アンタが畏れていたアタシだ。アンタが拠り所にしていたアタシだ。アンタがこっそりオカズにしていたアタシだ。
アンタが永久に失ったと勝手に思い込んでいるアタシなんだ。
腹が立つから、絶っっっっっ対に私からは言ってやらないけど。
シンジのすることって、私には理解不能なことが多い。
その最たるものは、「こういうこと」は本来、向こうから誘ってくるべきものだろうということ。
これでは、まるで私がただの発情してる女ではないか。
高校生くらいの男子だったら、一度したら二度、二度したら三度四度と、続けてシたくなるもんじゃあないの?
「イヤなの…?」轢かれたカエルみたいな声を出しただけで、一向に動き出そうとしない少年に、苛立ったように言う。
本当は、もう我慢できなかっただけ。
下腹が、火がついたように火照っている。やだなぁ。
これでは、かつて伝え聞いたミサトの悪癖を笑えない。
加持さんと同棲していた頃、ナニに没頭するあまり、二人して一週間以上大学をサボったとかなんとか。
フケツ…と、当時は心底軽蔑したものだ。性欲なんて、ただの本能。
ある頃を境に、そう達観していた。
人間、そんなものを超越した経験をすれば、そうなるのは自然だ。
怒りや羞恥、嫉妬や歓喜も同じこと。今でも、そう思っている自分がいる。
これは後遺症。
私の大事なトラウマ。ただ、シンジとキスするのは、思いの外、嫌じゃない。
意外に、気持ちいい。
つながるのは、もっと…。自慰はサイテーの代償行為だと思ってきたが、それすらも、最近は別に悪くないんじゃないかと思える。
責任を取れと、声高に言いたい。
罪深い子羊に、その罪を認めさせようとしてきた結果が、これなのだ。
せめて一週間に一度くらい、慈悲深い私を慰めるべきだろう。そうだろう。
ぴくり。
優柔不断な男の手が、ようやく私の肩にかかった。あ…。
温かくて、大きい。
制服越しに触れられているだけなのに、シンジの体温を感じる。
この胸の高鳴りを聞かれやしないかと、顔も熱っぽくなる。
…
……?
……
マヌケヅラでキスをためらっているシンジを見て、先日、何気なく言ったことを思い出した。
(アンタって、本当にキス下手ねぇ。…もっと上達するまで、シンジからキスするの禁止)
…バカたれ。
あれは、うまくなるよう努力しろという意味じゃ。
大体、女の子にそんな風に言われて、律儀に守ろうとするバカがどこにいる。
ああ…
ここにいた…。「っんむ」
氷点下の視線でにらみつけてから、アイツの頭を引き寄せて、口を吸う。
くちびるの先が、痺れにも似た感触に包まれた。やっぱり、甘い…。
何度しても慣れることはない。
男のくせに、なんでこんなにやわらかい唇してるのよ、シンジのやつ。
知らず目を閉じて、その犯罪的な感触に身を委ねる。ずきずきと、おなかに疼きが走る。
こうなると、もう引き返せない。より強い刺激を求めて、唇が開かれるのを待つが、いつまでたっても、その時が訪れない。
そうこうするうち、シンジの口が離れていった。
そこは舌を入れるところじゃないのか。
むしろ絡めるところじゃないのか。
激しく求めるところと違うんかい。うらめしい想いを視線に込めてみたが、鈍感男には一向に通用しないようだった。
かと思うと、唐突に、このニブチンは制服の隙間に手を差し込んできた。
痛いくらいにしこった乳首の上を、シンジの掌がシャツ越しに滑る。「ちょっ……ん…」
熱い。
そして、やっぱり気持ちいい。
あれ、そういえば私達まだシャワー浴びてないな…。
シンジの首辺りから香る、かすかな汗のにおい。
私のにおいも、しちゃってるのかな。考えた瞬間、顔が熱くなった。
羞恥。そんなにおい、嗅いじゃヤダ。
そうこうするうちに、調子に乗ったシンジの手が、乳房全体を撫で、優しく揉みほぐす。
はっ…
だめ、これダメだ…
最近、自分でも破滅的に胸が弱いことに気づいた。
臆病さか優しさか、シンジはそっとしか触れてこない。
それでも、こんなに感じてしまう。
これで、もし、強く揉みしだかれたら…「むね、は、いいから…っ」
本能的な危険を感じて、シンジの手を引っ掴むと、両脚の間に誘導する。
焦りに焦った顔を見られたくなくて、必死でうつむいていた。「こっち…を、ね」
後で考えれば、これはいかにも大胆な行動だったかもしれない。
その時は、胸からアイツの意識を逸らしたい一心だった。
ともかくも、私の望む場所に、シンジの指がたどり着く。手の甲がかすめただけで、ぞくぞくと肩が震えた。
私の身体は、こんなにも欲望に忠実にできていたのか。
触って確かめなくてもわかるほど、濡れている。
火が付いているのは、入り口ではなく奥の方で、そこに触れてほしい。
でも、そのためには、彼の指か、あるいはもっと長いものが必要だ。
シンジの、顔に似合わぬ男の部分が、私の奥に届くのを想像しただけで、新たな蜜が溢れ出るのを感じる。
「ぅ…わ…」
シンジが小さく声を上げる。
何に驚いたのだろう。
ソコの熱気か、それとも濡れているのに気がついたのか。
両耳が熱い…。「アスカ…っ」
「ゃ…ん、ン…っ」
首元にシンジが鼻先を押し付けてきた、と思ったら、指がその部分に無造作に押し当てられる。
ぬるり、とした感触。
それは、シンジにも伝わっただろう。瞬間、逃げるように腰を引いていた。
図らずも、片足をベッドの上に乗せて、大きく股を開く格好になる。
スカートがめくれて、むき出しの内股が外気にさらされた。ああ。もうやだぁ…
食い入るようなシンジの視線を感じる。
下着との境目を、その意外に長い指が撫でた。
思ってもみなかった少年の大胆さに、余計に鼓動が早くなるのを感じる。
今度はすぐに、濡れそぼった蕾に這い寄り、そのままぬぷ、と埋没される。「んー、んーっ…!」
布地ごと、膣内に押し入られる感触。
それは容易に、アスカの中から快楽を引き出していく。自分のものではない、憎からず思っている少年の指が…と思うと、どうしようもなく甘い痛みが胸を締めつける。
それはきっと、愛おしさ。彼の心を求めるアスカの気持ちを裏切るように、シンジの指が女の部分を撫で、擦り、愛欲へと堕としていく。
「んー、んーっ…!」
こんちくしょ…と、食いしばって耐える。
激しく振ったせいで、無造作に結んでいる髪がほどけて、シンジの顔にまとわりついた。
それがなぜか、彼の何かに火をつけたようだった。むさぼるような愛撫に変わると、その指が、アスカの腫れぼったくなった陰唇を容赦なく左右に押し開いた。
にちゃ…という、はしたない音が聞こえた気がした。
実際には、そんなことはなかったのだが、アスカは思わず、シンジの胸に顔を埋めていた。「…ちょ、と…もっ、と、やさし…」
シンジの汗は、不思議と少しも男臭くなかったが、その中に潜む牡の匂いが、どうしようもなくアスカの中の女を刺激した。
「うん…もっと…優しく、だね」
あれ、何か声音が変わった…?
自分の荒い呼吸とシンジの体温で、熱に浮かされたようなアスカの頭の隅で、ちらりとそんな考えがよぎる。
ふっと、少年の感触が離れたと思ったら、次の瞬間、彼の頭はもう自分の脚の間にあった。
下着がずらされて、いやらしい部分がシンジの目の前に晒される。
ぼんやりとした視界のむこうに、自分の体と同じようにひくつきを繰り返す、肉の入口があった。
シンジはためらうことなく拡げると、その奥をじっと見つめている。自分の意思とは無関係に、とろみのある液体が、体の外に押し出された。
あっという間に内ももを伝い、下着の陰へと流れていく。「は………」
自分が生み出した雫が、尻穴をくすぐる感触。
はっ、はっ、はっ…
自分の呼吸がうるさすぎて、耳鳴りがする。
彼がこれから何をしようとしているのか、わかる。「ゃぁ……す、する、の…?」
さっきキスしたあの口で…私のソコを吸うんだ。
クンニは初めてではなかったけれど、それはある意味、セックス以上に背徳感に満ちていた。
でも、自分は本当は、それを望んでいる。
「うん…するよ」「ほ、ほんとに、やさしく、よ。やさしく、だからね…」
「うん…するよ」
「っちょ、と何か怖いんですけど……っひぐ!!」
秘唇が食べられた。
思わずそんな気がした。だってシンジったら、私のいやらしい汁を啜って…あ…飲んで、る。
飲まれている、よ…ぅ。「シ、シン…ん!ーっ」
子犬がミルクをすするように、真剣に。
非日常をそのまま形にしたような光景。
倒錯的すぎて、頭がくらくらする。そして、キスの時はしてくれなかったくせに、こっちには大胆に舌を入れてきた。
さっきしてほしかったのに、こんな卑らしいところにばかり、念入りにかき回される。「待っ…だめ、それ、だ…めぇっ」
言葉とは裏腹に、アスカはその行為を待ち望んでいた。
前回、彼と体を重ねて以来、ずっと、こうされたかった。
シて欲しかった。認めざるを得ない。
自分は、シンジとするこの行為が好きなんだ。白い喉をあらわにして、背をのけぞらせながら、アスカは愛しい人の頭を両手で包み込む。
行為を押さえつけるようでもあり、彼の黒髪を愛撫するようでもあり。それに応えるように、シンジの舌の動きが大胆さを増す。
膣肉をひきずり出されるような、強い吸引。
かと思うと、傷口を嘗めるように、優しく入り口をついばむ。そのたびに、アスカは小さな頂きを何度かのぼらされた。
「ダメ…ダメぇ…ダメなの…っ」
半ば朦朧としたまま、譫言のように繰り返す。
シンジの動きを押しとどめようとするように、その頭を挟み込んだ両の太腿。
そこから伝わる感触だけで、逆に感じさせられてしまう。「きゅうけい…まって…もういい…おねがい…もう…」
もう前戯はいいから。
一生懸命なのは十分わかったから…
シンジが勃起しているのには、随分前から気づいていた。
…スケベ。
でも、少年が自分を求めてくれている証だから、本当はうれしかった。
肉欲は、言葉よりも、時に、如実に物語る。
彼を勃起させている、夢中にさせている、それは、アスカの女の自尊心を満足させた。
同時に、いつも他人を優先しようとするシンジが、自身の欲求にだけ忠実になろうとしているのが、言葉にならない充実感をアスカに与えた。
いいよ、私の身体で、アンタの欲望を満たして…!
彼の想いを受け入れるように、少女は手を伸ばした…
一緒に…
いっしょにいこう。
しかし。
このどこまでもお人好しな少年は、アスカのそんな心の機微に気づかない。
その献身的な奉仕が、アスカの後戻りできない一線の向こう側へ、あっけなく彼女を押しやった。
「…あっ!」
むき出しの陰核を、シンジの鼻先が擦り上げた。
「だっ、ダメ!待って!もうだめ!いっ…いくから!イっちゃうから…!」
堤防に一気に押し寄せた昂ぶりに、アスカは悲鳴を上げる。
うそでしょ…
だってまだ、シンジが入ってきてないの、に
待って!
お願い、待ってよ!
一緒がいい…
シンジだって、イキたいでしょ、
ねぇ…
その懇願は、少年の耳には届かなかった。
頭にくるくらい優しい舌の愛撫が、アスカの膣壁をゆっくりと往復する。
そして、愛液を啜られた。「っあ!………あっ、あーーーー……っっ!」
押しとどめようとしたのを、無理やり突き飛ばされたように、アクメを与えられた。
満たされない膣奥と、行き場をなくした子宮の疼きが、まだ望んでいなかった濁流に漂白される。シンジのばかっ、ばか、ばか、ばか!!
憎しみを込めて彼の黒髪をくしゃくしゃにしながら、アスカは抗えないエクスタシーに、何度も上り詰めさせられた。
皮肉なことに、引いては寄せる波のように、これまでの性交のどれよりも、それは長く続いた。
シンジに、気を使われることがいやだった。
自分より他人を優先させようとするアイツの態度がムカついた。
日本人(ジャパニーズ)が美徳とする、滅私奉公の精神なんて、クソくらえ。
自己犠牲なんて、(ピー<自主規制>)。
シンジはもっと我儘になるべきだ。
もう、とっくに自由になっていいの。
アンタにはその資格がある。権利がある。
だって、アンタはアタシが赦したんだから。
アタシがアンタの横にいるのは当然。
アンタがアタシの傍にいるのは必然なの。
だから、いい加減アタシを真っすぐ見なさい。
本当のアタシを見なさいよ…。
*
「私をイカせるより、自分がイキたいって気持ちに、どうして素直に身を委ねないのよ!
まったく、いつになったら、『自分』を出せるようになんのよもう…」「アスカ…アスカ…お願いだから、後生だから、もう少し声を小さく…」
半泣きになりながら、ヒカリはおろおろと辺りを見回す。
校舎から少し離れたベンチとはいえ、人通りがないわけではない。
金髪碧眼の美少女が、真っ昼間からイクだのイカないだの、拳を握りしめて熱弁するのを聞かれたら、一体どう思われることやら…。フーッ、フーッ、と呼吸を荒らげる猛獣をなんとかなだめすかして、ヒカリは脱力した。
「…要するに、アスカは碇君に、もっと自分勝手になってほしい、ってことよね?」
彼女の言うことはわからないでもなかったが、それがなんとも碇君らしい、とも思う。
正直、ヒカリにはうらやましい。
そんな献身的な愛撫、自分もトウジにされてみたい…じゃなかった。
自分なら、身勝手な性衝動で先に行かれるよりも、もっと大切にしてほしい…と思う。
まあ、トウジも十分優しいから、若い男子ゆえの抑えきれない劣情も許容範囲であって、贅沢な悩みといえるのかも…。
ってわたしってば何を考えてるのもうイヤンイヤン。
年頃の乙女が妄想に浸っていると、アスカは鼻息荒く、言い放った。
「だから、バツとしてその日はおあずけしてやったわ」
え?
「そ、それはひどくない、アスカ」
思わず、ヒカリは反駁していた。
「えっ、…そ、そう?」
前戯を打ち切って挿入しなかったから、という理由で、持て余した青い性欲を抑えろと?
「だって、その…そういうのがまんするのって、すごくつらいんでしょ、えと、男の子って」
言っていて、耳が赤くなる。
しかし、これはさすがにシンジを援護射撃しなければと、元来責任感の強いヒカリは、よくわからない義務感に駆られた。「一度、お、大きくなっちゃうと、自分ではどうしようもないって…」
トウジに聞いたことがある。
「碇君、かわいそう…」
そこまで言われては、黙っていられない。
アスカにも、実は、後ろめたさはあった。「だっ、だから、ちゃんとそのあとシテあげたわよ、手で!」
「てっ、手で?!」
それは聞き捨てならない…。
この親友のせいで、すっかり耳年増になりつつあるヒカリだった。
→(もう少しだけ続くんじゃよ…?)