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ビーグルIII世号シリーズ:←前のエピソード
智虫人の女王 |
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ひさしぶりに「宇宙の美女シリーズ」というか、この企画のサイトはなくなってしまったので、私的シリーズ「ビーグルIII世号の冒険※」の最新作。
※I世→ダーウインの『ビーグル号航海記』、II世→ヴォークトの『宇宙船ビーグル号』。
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◎太陽系外第2期調査船「ビーグルIII」乗務員の日記より転載
− 民俗社会学班主席調査官 アルベルト・シュリーマン
2403年07月20日。
ビーグルIII世号ははなつかしき「龍の星」ネオテバイに到着した。誇り高き恐竜人ピュトイノイの一族と旧交を温め、駐在員ヴロコフェッチ中尉をピックアップして帰途につくのが目的だ。もはや未知の惑星での危険とも無縁である。恐竜族の未亡人とわりない仲になっている中尉が、素直に帰還に同意するかが最大の懸念事項ぐらいののんびりとした滞在になる……予定であった。
ところが、ネオテバイ最大の都市ピュトノスタンに向かうわれわれが目にしたのは信じられない光景だった。
畑も果樹園も食いつくされ、村々に人影はない。逃げ遅れたらしい老人子供の恐竜人の死体が点々と転がっている。いずれも血液体液を全て吸い取られたような無残な姿だ。
われわれがこの災厄をひきおこした犯人に遭遇したのは、中尉が駐留(同棲)している未亡人の屋敷に足を踏み入れたときだ。体長50cmくらいの昆虫のような姿の怪物が空を飛んで襲ってきた。しかも何百という数で、手(脚?)にはナイフや弓矢のような武器を持っている。
なんとか地上車まで逃げもどることができたが、3人の仲間はついにもどってこなかった。倒れた彼らの体が虫たちに覆いつくされるのを目の前にしながらどうすることもできない。
われわれもまだ災厄から逃げ切れたわけではなかった。地上車を最高速度にしても密林の中の山道では、怪物の飛行速度の方がずっと上だ。さすがに装甲を破られはしなかったが、フロントもサイドもバックも怪物たちの黒い体でびっしりと覆われ視界を失ってしまった。
たちまち路を踏み外し、車は崖を滑り落ちた。枝を折り、つる草をひきちぎりながら100m近くも落ちたが、木々がクッションになったおかげか、大破はまぬがれた。しかし運転者は死亡。生き残りも全員負傷し重傷者も少なくない。なんとか虫たちを振り切れたらしいことだけが不幸中の幸いだ。
その後の負傷をおしての密林行の苦しさは筆舌に尽くしがたい。ピュトノスタンの城塞がのぞめる地点にたどりついたときは、恒星タウも西の空に沈もうとしていた。
美しきピュトン城は黒い怪物の大軍に包囲されていた。いつも炉の煙がたなびき、喧騒が遠方まで聞こえていたのだが、今は寂として煙一筋も見えない。
虫たちの中心、ひときわ密集している部分に一匹だけ他を圧する巨大な個体が見分けられた。遠目にも体長は他の個体の4倍弱、2m近くはありそうだ。しかも他には見られない円筒形に張り出した腹部と長い尾を持っている。おそらく群れの「女王」だろう。
この怪物たちこそ、伝説の「飛行する種族」、ピュトノサウルスの先祖より太古にネオテバイを支配していた神々の末裔なのだろうか。王女ハルモニアは無事なのだろうか。中尉と未亡人フェイレイは生きているのだろうか。……そして、わたしたちは生きてビーグル号にもどれるのだろうか。