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Columns: Society

顧客の言葉で語る

Society

顧客に商品の価値を分かって買って貰うためには、顧客が分かる言葉で、顧客にとって「何が嬉しいのか」を説明するのが基本です。消費者向けのB2C企業であれば、広告などを通じてその商品を買うことで、どれだけ幸せになれるのかを、しかも、何が幸せなのかは人によって異なるので、顧客ターゲットに合わせた言葉で伝えようとします。企業向けビジネスの営業であれば、自社の商品をお客様に買って頂くことで、いかに企業の売り上げアップに繋がるか、あるいはコスト削減に繋がるかをアピールするのが一般的でしょう。

営業だけでなく、あらゆる専門家やプロフェッショナルでも同じです。コンサルタントはクライアントにとっての提言の価値をクライアントに分かる言葉で提示し、企業内の事業企画や商品企画担当者は、いかにその提案によって自社の売上と利益を挙げられるのかを経営者に分かる言葉で説明します。

この時、提言や提案が通らないのを相手のせいにすべきではありません。顧客の理解力がないのが悪い、などと顧客を馬鹿にするのは論外です。それは説明する側の説明の仕方が悪いのであって、つまり、顧客の言葉で語っていないのです。自分自身、頭では分かっていても十分にできてはいないので、自戒しなければいけないのですが、提案がいかに良いものだと仮に自分では思っていても、相手にメッセージが腹オチし、実際に行動を起こして貰わなければ、何の意味もない訳です。

これは、政治における、政治家の国民に対するコミュニケーションや、専門家による政策提言のコミュニケーションにおいても、全く同じなのではないか、ということを考えています。

社会保障改革や税制度といったテーマと並ぶ、いや、一部の専門家にとってはそれ以上に重要と考えられている、デフレの問題は、大半の生活者にとっては、正直なところピンと来ない論点です。まして、デフレ脱却のためには積極的な金融政策が必要であり、そのためには日銀法改正が必要だ、と言われても、全くついていけません。経済学的に、理論的に正しいかどうかだけでは全く伝わらないのであって、「顧客の言葉で語る」必要があるのではないでしょうか。

メディアや政治家を通じて、広く国民を味方につけたいと思うのであれば、ますますそうです。その点で、消費増税の議論において、「ご説明」行脚で大手メディア全てを味方につけた財務省のコミュニケーションの優秀さに、反増税派が負けたということを、まずは謙虚に受け止める必要があるのだと思います。

さて、どうしたら伝わるか。「顧客の言葉で語る」のは、営業における考え方と同じです。3つのポイントにまとめるなら、

1.顧客にとっての価値が何かに答える。(「で、それは自分にとって何が嬉しいんですか?」)
2.最終的な目的(顧客価値)に到る目的-手段のロジックの繋がり(経路)を強固にする。
3.顧客に腹オチするメッセージとしてパッケージングして提示する。

といったところでしょうか。

デフレ脱却自体は、普通の生活者には直接の興味がない訳ですから、それは何かのための「手段」であるはずです。最終的に生活者にとって何が嬉しいのかということで、例えば、「所得が増えて経済的に豊かな生活ができます」でしょうか。経済的な豊かさは不要だという価値観も出てきているのでややこしいのですが、少なくとも不幸は回避できます。

目的-手段の連鎖は例えば、所得の増加←労働力の需給逼迫←経済成長/景気回復(一定以上の名目GDP成長率の確保)←企業投資の増加←成長期待の増加←デフレ脱却←金融緩和←日銀法改正といったイメージでしょうか。専門家ではないので、ロジックの繋がりが怪しいところが多々ありますから、そこは他の政策を含めた形で補強して頂きたいですが。金融政策の領域では、ロジックの繋がりは多くの生活者には分からないので、主に他の専門家への説得性があれば良いのではないかと思いますが、過去最長のいざなみ景気では、経済成長していても雇用者報酬は増えなかったじゃないか、といった経験は覚えていますから、そこにはきちんと説明が求められます(一般には、成長率が低かったから、と説明されていますかね)。

もちろん、顧客にとっての価値は、顧客によって異なります。政治家にインプットする上では、政治家の最大の関心事は「自分が選挙で通ること」ですから、それに応える必要があります。選挙における最大勢力を持っている高齢者にとっての価値をどう伝えるのか。これも考えなくてはいけません。

腹オチするメッセージは、シンプルにし過ぎると、「ワンフレーズ政治」に繋がる危険はありますが、広く国民に伝えるにはそれぐらいシンプルなビジョンの方が効きます。例えば、これまでの国のスローガンの中では、1960年の「所得倍増計画」が一番近いのではないかと思うのですが、これだけ長い間、雇用者の所得が減り続けているような状況では、再度「所得倍増計画」を掲げてみても、全くリアリティを感じられず、腹オチしないかもしれません。また、実際に行う政策も中身が変わってきます。今の生活者に刺さる「ワンフレーズ」が求められるところです。

専門家の中での議論も重要ですが、日本経済と政治の先行きには暗雲が立ち込めている今、専門家にこそ、「顧客の言葉で語る」ことを期待したいと思います。

Posted: 2012年07月05日 00:00 このエントリーをはてなブックマークに追加
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