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Columns: Society

欲求データベース説(前編)

Society

以前に取り上げた「ジョハリの窓」と並んで、心理学(*1)はもちろん、人的資源管理のモチベーション論(*2)やマーケティング(*3)といった経営学、果てはセーラー服指向度の経時的変化に関する一考察といった「何だそりゃあ」な論文(?)まで、幅広く適用あるいは引用されている有名な心理(特に欲求)モデルとして、マズローの「欲求5段階説」(あるいは「欲求階層説」)がある。今回はこれについて考えてみたい。

(*1)例えばトランスパーソナル心理学とウィルバー心理学など。
(*2)例えば経営用語の基礎知識「モチベーション」など。
(*3)例えばマーケティング(ベンチャースピリット)など。

「欲求5段階説」の説明としては、マズローの欲求段階説動機の段階説、もう少し詳しいところではマズローの自己実現の心理学辺りが読みやすいだろうか。要点としては、人間の欲求を以下のように5段階に分け、より低次の欲求が満たされると、順々により高次の欲求を求めるようになる、という仮説である。

第1段階: 生理的欲求(physiological needs) …食欲、睡眠欲、性欲など生物的に生きるために必要な欲求。
第2段階: 安全・安定の欲求(safety-security needs)…衣服、住居、カネなど、将来を含めて危険から守られることへの欲求。
第3段階: 所属・愛情欲求/社会的欲求(belongingness-love needs)…集団に所属したり、家族や他人から愛されることへの欲求。
第4段階: 自我・尊厳の欲求(esteem needs)…他人から承認され、尊重されることへの欲求。
第5段階: 自己実現の欲求(self-actualization needs)…自分ならではの素質・能力を発揮して自己を成長・発展させることへの欲求。

「衣食足りて礼節を知る」などといったことわざがあったりもするし、この欲求5段階説は一見もっともらしいのだが、すでに多くの人から疑問が投げかけられているように、飽食と多様性の咲き誇る現代日本ではどうもしっくりこない点が少なくない。個人の趣味のために、第3段階(社会性、愛情)や第4段階(他者の承認)を諦めたり、時には生活を切り詰め第1段階(食欲、睡眠欲、性欲)や第2段階(安全)を危険に晒す場合すらあるし、第3、第4段階が満たされている訳でもないのに、「自分探し」が流行ったりと、低次の欲求が満たされない限り高次の欲求を持たないとしてしまうと、どうも上手く説明ができない場合が多々あるのである。欲求が階層化されるという発想は「少なくとも個人に適用しようとする限りにおいて」残念ながら間違いである、と考えるべきではないだろうか。

筆者は、このマズローの「欲求5段階説」に代わり、現実的な欲求を説明するより妥当性の高いモデルとして、「欲求データベース説」という仮説を考えている。つまり、最低限度の生物レベルの生命維持をするための欲求はベースとしてもちろんあるが、このレイヤは通常ほとんど意識しないでも満たされているため非常に薄く(*4)、「欲求データベース説」ではそれ以外の肥大化した欲求群がフラットに並列で並んでいると考える(図1)。

(*4)もっとも、ニートやひきこもりの文脈ではここが危険にさらされる場合もある。


欲求5段階説と欲求データベース説
図1 欲求5段階説(左)と欲求データベース説(右)

並列で並んだ欲求に対しては、各個人が自分で優先順位をつけてそれを満たそうとする。現代の欲求はアラカルト方式ということができ、欲求と各個人の優先順位が2次元テーブルで記述されることからこれを「欲求データベース説」と名付けた。もちろん、こうした優先順位パターンは、その人の何らかの特性によって特定の傾向を示す可能性があり、社会全体で見れば、依然としてある方向性を持ったものになるだろう。恐らく、そうした総体としての傾斜が「欲求5段階説」に近いものになるのではないかと考えている。

こういった「欲求データベース説」で捉えることが、どのような意味を持つのかについては、後編で触れたい。

Posted: 2004年07月29日 01:28 このエントリーをはてなブックマークに追加
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