Columns: Society
ソサエティ・アウトソーシングの地平
Society企業において、低コストの労働力や広大な市場を求めて、中国などへの製造拠点のオフショア化(海外移転)による国内の空洞化が語られて久しいが、この10年は戦略アウトソーシングとかBPO(Business Process Outsourcing)といった言葉が普及し、人事・総務といった間接業務や、ロジスティクス、時には営業やマーケティング、研究までがアウトソースされるようになってきている。業務プロセスにおいて、企業独自の価値を生み出さないノンコアな業務を外部化し、コア・コンピタンスに集中しようという企業の動きであり、最近では、単にコスト削減だけでなく柔軟なビジネスモデル・ビジネスプロセスの構築手法としても期待されている。
もちろん、こういった活動は国内の雇用状況を悪化させたり、場合によっては実は付加価値の源泉だった業務プロセスを誤って外出してしまう事でコンピタンスが失われたりして、全く問題がない訳ではない。実際、製造拠点を日本国内に戻したりといったインハウスの揺り戻しも一部では起きて来ているが、とは言え大きな流れとして、株主価値が優先され、企業の効率性と収益性が厳しく求められ、ビジネスモデルの迅速な変化が要求される中では、アウトソーシングの動きは行きつ戻りつしながらも留まる事はないだろう。SOA(サービス志向アーキテクチャ)のような情報システム、そして業務インタフェースの標準化とモジュラリティ化の拡大もこういった流れを後押ししようとしている。
翻って、社会においても、グローバル化の中でこうした社会機能の一部を海外に委託する構図がある。これをソサエティ・アウトソーシングと呼ぶことにする。これは例によって造語だが、日本社会の行方を考える上で、ある視点を提供してくれるのではないか、と考えている。
昔から行われている分かり易いところでは、日本は世界でも有数の資源輸入国であることが挙げられる。石油の高騰でも示されるように、こうした海外資源依存度の高さは地政学上のリスクを抱えているが、とは言え、代替エネルギーにも限界があるし、国土が狭く資源に乏しい日本においては避けられない状況でもある。これは国固有の資源の問題でありどうにもならないが、一方、食料自給率は40%と先進国でも最も低い水準になっているが、これはどちらかといえばグローバルな市場原理によって日本国内では農業が立ち行かなくなっているということであり、関税を自由化していくという流れは、もはや社会の「食料生産機能」を日本のコア機能として捉えておらずアウトソース化を推進していく、ということでもある。
さて、ここから将来の話になるが、少子化による人口構造の変化とそれによる労働力の減少に対して、海外からの移民を多数導入しようという意見は「1000万人移民受け入れ構想」などに見られるように度々提案されている。これは、言ってみれば社会の「次世代育成機能」のアウトソース化、である。多くの企業が少子化対策にそれほど前向きになれないのは、企業の寿命が30年という時に、20年もかけて次世代を育てるメリットが感じられないからだろう。海外からすぐに使える人材が導入できるのであれば、それでいいじゃないということになっても不思議ではない(*1)。
(*1)ただでさえ、多くの企業ではもはや人材を育成している余裕がないとされている。そういった意味では、企業もある種のフリーライダーである。
一方、市民の方も政府が下げ止まらない出生率に慌てて打ち出す対策にも十分に反応しているとはおらず、非婚率は高まり続け夫婦の子どもの数も減る傾向にある。「これをやらなければ辞めさせる」といったある意味での強制力を持ってガバナンスを構築できる企業と違い、社会は私たち1人1人の考え方の集合で動くから、政策でかなりの部分をコントロールできるとしても不完全である。市民が出生率の低下という形でNoを突きつけ続ければ、いずれ企業側の強い要請で「次世代育成機能」のアウトソース化も真に視野に入ってくるかもしれない。
もちろん、様々な文化的・宗教的その他差異が、新たな問題を引き起こす可能性は高いが、言語インタフェースの標準化(英語の普及)や、生活インタフェースの標準化(グローバル企業の拡大)は、こういったグローバルでの社会機能の移転を少しずつ容易にしていくだろう(*2)。
(*2)全然次元の低い話だが、その土地の食べ物が合わなくても、マクドナルドに入ってハンバーガーとコーラを頼めばとりあえず飢え死にはしない、とか。
また、経済格差が拡大することで、今後社会福祉の負担がますます大きくなることが考えられるが、これについては大きく2つのシナリオが想定される。1つは法人税税率の引き上げや所得税の累進課税率の引き上げにより所得の再配分を進める方向だ。これは現在と全く逆の方向だが、企業や富裕層の海外流出(=「事業基盤機能」「生活基盤機能」のアウトソース)が進みますます貧困化が進むとされており、可能性としては低い。消費税のような、払った分に対して課税される「公平性の高い」税制に倒して行くもう1つの方向の方が現実的だ。そうした際には、国内には限定された付加価値の高い仕事以外は残らなくなり、そこに参加できない層は今度は海外へ出稼ぎに出ざるを得ない状況になる可能性がある。かつて日本でもブラジル移民が行われたが、社会の2極化の中で行われる日本から海外の移民は、ある種の「雇用機能」「生活基盤機能」を含む「社会福祉機能」のアウトソースとも言えるだろう。ともすれば経済的豊かさに囚われた日本から解放されることで、精神的豊かさを取り戻せるかもしれない。
以上、非常に荒い議論ではあるが、日本社会が多くの複合的な社会問題を抱える中で、政策には様々なオプションが考えられる。フルラインナップな社会機能を自前で賄おうとするのは必ずしも現実的とは言えない。政府にまず求められているのは、場当たり的な政策に終始するのでなく、ソサエティ・アウトソーシングの視点から、どんな社会機能を国内に持ち(インハウス)、どんな社会機能をアウトソースするのか、という社会のグランドデザインを描き示した上で、各政策を実施・評価し、適宜フィードバックしていく事である、と言えるのではないか。
【関連リンク】
[business] アウトソーシング協議会
[society] ブラジル日系移民の歴史
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