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Columns: Society

「市場」が機能するための条件

Society

最近になってあらためて中国産の様々な食品の安全性が疑問視されるニュースが流されている。「市場」が機能して生活者が利益を得られるためにはどんな条件が必要か。一言で言うならそれは「(実際上)選択できるかどうか」ということだと思う。

[society] 痛いニュース(ノ∀`):「中国ウナギは安全」声明出すも…スーパーの中国産うなぎから禁止物質検出

最近、コンビニでも弁当屋でもうな重弁当が国産うなぎと明記された「特選」のもの(*1)とノーマルの(つまり書かれてはいないがほぼ間違いなく中国産うなぎの)ものが売られているのを見かけるが、これは売り手としても、中国産を避けたい消費者のニーズがあると見ているということであり、選ばれる側としてはまずは選択できるという状態になっていると言える。この「選択できる」ということをブレイクダウンすると、i)選択肢が存在しており、ii)選択するための(判断材料となる)情報が提示されている、ということで構成されるだろう。

(*1)それはそれで産地偽装の疑念がついて回るけども。

[society] 中国ヒジキを「長崎産」 佐賀の会社 4.3トン偽装、クラゲも

選択肢が存在している、というのは、例えばスーパーマーケットで、ある野菜について産地の異なるものが並列で売られているかということである。そこでほうれん草が中国産しか売っていなかったら、それは選択肢がないということになる。もっとも、この場合は店側も場所の制約があるから、成城石井や東京ミッドタウンに入っているようなPrecce Premiumで買え、という店単位での選択肢の話になるのかもしれないが。

選択肢の重要性はもちろん食品だけではない。

[society] きょうも歩く: 5/27 タクシーは規制緩和で質が上がったのか

タクシーの規制緩和では、運転手の労働時間の長時間化や収入低下といった形で労働環境が過酷になり、それが過労による事故のリスクとなって利用者にも及んでいるということが指摘されている。労働時間やタクシー台数の規制も実効力のある方法だが、敢えて市場機能によって質を向上しようとするなら、運転手の週40時間労働を守る代わりに初乗り運賃を1000円にします、といった価格と質のバランスを変えたサービスが出てきてもいい。お客様や大切な人を送るのであればそれぐらいは払う人も出てくるかもしれない。ただ仮にこのサービスの質が高いタクシーができたとして、選ばれるためにはWebサイトなどで会社・サービスごとの事故発生率(リスク)をオープンにして欲しいし、タクシー乗り場で順番に並んでいても順番に関係なく利用者が選べる共通理解も必要だろう。「選択できる」条件が揃っていないのでは、利用者は価格でしか見えないから、市場が機能することを期待できない。

その意味で選択の判断ができるための、正確な情報公開も重要だ。お隣の国で余りにインパクトの強いミンチが出てきてしまったのですでに忘れられかけていそうだが、ミートホープの偽装問題も、ウソをついているのが良くないのであって、正直に情報が表示されさえしていれば、安くて旨いのならそこまで文句を言われなかったはずだ。

[society] 極東ブログ: ミンチ偽装事件にボケたツッコミでも
[society] ミートホープの偽装牛肉ミンチ事件と情報の非対称性 | bewaad institute@kasumigaseki

ただ、例のダンボール入り肉まんともなるとさすがに情報が公開されていればいいというものではない。また、食品に含まれる化学物質では、できることなら安全性をいちいちチェックしたくないし、化学物質に詳しくない一般消費者にそれを要求するのも無理がある。そのあたりに単に消費者の選択に任せるだけでない、規制なりシステム的なチェックが必要となる線が引かれるのだろう。

さて、ここまでは「選ばれる側」の条件だった訳だが、むしろ、これだけニーズが多様化し、モノ・サービス溢れの時代になってくると、選択肢は無数にあるし、情報についても、マスメディアやインターネットを通じて膨大に流れ込んでくる場合の方が多いかもしれない。それはそれで、選択肢が多過ぎるゆえに、どの選択肢を選んでも満足度が下がってしまうということがあったりもするが、市場的機能が働いている就職・結婚など、人生の様々な選択を含めて考えると、どちらかというと「選ぶ側」の条件がネックになってくる場合の方が多そうだ。「選ぶ側」の条件としては、カネ・時間・能力・容姿・性格・価値観・ソーシャルキャピタルなど様々なリソースが制約となりうる。食品の話に戻れば、Precce Premiumの店内に入ることは誰でもできるが、皆が毎日の家庭の食料品をそこで調達できるという訳ではないから、大衆はリスクを冒しても中国産の食品を買わざるを得ないということにもなる。就職氷河期世代は、新卒就職時にはまさしく選択肢が非常に限られた状態になっていたし、今では選択肢は豊富だが職歴がリソースの制約となっている、ということである。

ポリティカルコンパスに現れているように、基本的には市場を信頼している人間だが、「市場」が機能して生活者が利益を得られるためには「(実際上)選択できるかどうか」ということに注意し、株式市場で企業に内部統制や財務情報の公開が求められているのと同様、そのための環境・規制等の諸条件については、十分にチェックしていく必要があるのだと思う。

【参考】
[business] 激変! 食品スーパーはどこへ行く?

Posted: 2007年07月15日 00:00 このエントリーをはてなブックマークに追加
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