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Columns: Society

雇用の「流動性の罠」

Society

タイトルは釣り。正規雇用と非正規雇用の2極化や、新卒採用偏重、多くの産業で見られる多重請負構造、いわゆるブラック企業が淘汰されない、といった、企業や雇用の諸問題の元凶、諸悪の根源が正規社員の解雇規制にあるという意見は根強い。

[society] はてなブックマーク - なぜ日本ではブラック会社が淘汰されないのか 日本は雇用の流動性が低いから、労働者の価値が低い - Zopeジャンキー日記

実際、これは正しいと思われるのだが、解雇規制が緩和されて雇用の流動性が高まれば、それで全てが解決するのだろうか。解雇規制が緩和されれば、確かに、ノンワーキングリッチと揶揄されている高い報酬を得ていて低パフォーマンスな、あるいは仕事をしていない中高年層(*1)が解雇されることになるだろうが、それよりも前に「育休切り」や「うつ社員切り」と呼ばれているような、より弱い立場の被雇用者もまた解雇される可能性がある。

[society] はてなブックマーク - うつ社員切り始まった(AERA) - Yahoo!ニュース

(*1)そういった層がそもそも大手メディア企業や超大企業以外でどれだけいるのかはよく分からないのだが。大企業であれば、子会社・関連会社や取引先への一方的な「出向」によって、中高年を整理し、人口構造を維持する仕掛けがあると思う。

大企業がある種の社会福祉的な機能を果たしていることが、高コスト構造を招き、ビジネスの非効率を招いているのは間違いないが、規制緩和によって解雇された社員は、結局のところ、雇用保険で企業や他の被雇用者の雇用保険料なり、生活保護で税金なりの公的な社会福祉機能で支えることになる。この場合、大企業および大企業の従業員(非正規雇用を含む)以外も支える側に回るので、雇用の流動性が高まることでトータルで失業率が上がるとすれば(城氏の提言のように、「一億、総請負化」などということになれば、誰もが城氏のように優秀な人ばかりではないのだから、実際そうなることが容易に予想されるが)、多数の人にとってはより負担が大きくなる可能性がないだろうか。

つまるところ、有効求人倍率0.44倍(2009年5月)というような状態で、雇用の需要が十分になければ、いくら規制を緩和し、雇用の流動性が高くなっても意味がないのであり、むしろ失業率が高まるだけである。そのためには、持続的な経済成長やデフレへの対応、それに加えて雇用吸収力のある産業の創出が最も重要になる(ただ、国主導の産業政策が上手く行く気がしないのも確かだが)。

経済成長や、イノベーションの面では、転職しても生涯賃金が下がることが多いので、優秀な人材がゾンビ企業に囲い込まれてしまうのがマイナスだ、という話もあるが、優秀な人材の回転を高めたいなら、解雇規制緩和よりも(優秀な人材はそうは解雇されないだろう)、企業に、勤続年数で加速度的に増える退職金ではなく、月給として毎月配分する報酬体系を選択できるようにさせた方がいいのではないか(優秀な人材だけがますます自分で出て行くから、企業はやりたくないだろうが)。

ブラック企業の自然淘汰効果については、もし本当に「日本の会社は99.99%がブラック企業」なのだとしたら(これは極端だと思うが)、どこに入ってもブラック企業巡りをしているだけで、ある種のカルテルであり、何の解決にもならない。ブラック企業は単に労働法のコンプライアンスの話であり、労働法を機能させることは運用コストがかかるが、一罰百戒でも何でも、着実にやって行く方が確実だ。もしくは、財源の問題はあるが、BIのような形で、ブラック企業に勤めるよりは、働かない方がマシだ、という選択肢を提供する、という方法もなくはない。

もう1つ、雇用の流動化によって、従業員の勤続年数が短くなれば、すでに勤続年数が短い企業がそうであるように、従業員に教育訓練を行う意味が薄くなり、労働市場から初めからスキルや経験を持った人を探すようになることがある。それが新卒採用偏重の解消にも繋がりうるが、逆に、新卒では採用され難くなって若年層の失業率は上がるだろう。教育訓練もまた、企業ではなく社会に委ねられ、より雇用需要の多い産業に労働力が移る時にも教育訓練が必要になることから、今以上にこうした仕組みが求められる。

企業のマネジメントも、雇用の流動性が高まる中で業務を回そうとすれば、職務定義書によって役割を明確に定義したり、業務手順書や情報システムを活用して業務を標準化したり、というったことが求められるようになるだろう。長期雇用による暗黙知や、ハイコンテクストな職場のコミュニケーションによって、今のようにマネジメントコストを下げている(ある意味マネジメントがラクをしている)訳には行かなくなる。

現在の雇用制度にガタが来ているとしても、このように、様々な仕組みが関連し合っているので、柔軟な労働市場を中心にした新しい雇用制度に移るためには準備が必要なのではないだろうか。解雇規制の緩和は、労働市場が機能するように様々な社会システムを変えた上での「最後のピース」ではあるかもしれないが、それが「最初の一手」であるとはどうも思えないのである。

Posted: 2009年07月10日 00:00 このエントリーをはてなブックマークに追加
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