Columns: Society
労働力ジャストインタイム化の外部性
Society成長戦略の1つとして、一部の企業経営者や経済学者からは、雇用規制緩和、特に解雇規制の緩和が繰り返し求められています。実際、大企業において、無限定社員の判例ベースの実質的な解雇規制感の強さはあるのかもしれませんし、それが、正規雇用の抑制と非正規雇用の増加に繋がっている側面はあるかもしれません。解雇が自由にできるようになれば、成長している企業は、雇用を増やすと期待されます。
一方で、企業が抱える社内失業者は2011年9月の時点で、内閣府からは465万人いたという報告もされており(*1)、仮にそのまま労働市場に流出すれば、解雇した企業の労働者1人当たりの生産性は上がりますが、失業率が大きく跳ね上がることになります。国の政策としての労働市場流動化の妥当性は、個々の企業の都合よりも、国全体で経済成長に繋がり、国民の雇用、結果として所得が増えるかどうかにかかっています。
その点に関連して、「世界の経営学者はいま何を考えているのか」の中の、企業の定義の1つにはハラオチするところがありました。
効率性の視点からは、企業とは「市場取引ではコストがかかりすぎる部分を組織内部に取り込んだもの」ということになります。
つまり、業務委託(請負)、派遣、あるいは昨今ではクラウドソーシングなどのアウトソーシング形態や、非正規雇用など、どんな形態であれ、市場的に労働力を入手することが容易になればなるほど、自社内に常に従業員として抱えている必要がなく、必要な時に必要な分だけ労働力を利用すること、すなわち労働力のジャストインタイム化が合理的になります。解雇規制の緩和や、派遣の規制緩和を含めて、労働市場の流動化、自由化を進めるということは、これを後押しするということです。
もちろん、労働市場が流動化したから、従来の長期雇用を重視している企業が、すぐに主力社員を外部化することは考えにくいでしょう。自社独自の技術・技能を長期間をかけて身につけた労働力は、そうそう市場的に入手することはできないからです(*2)。企業は合わせて、業務の標準化・定型化・モジュール化することにより、業務を市場を通じてアウトソースすることが容易になりますし、一時的に内部に取り込むとしても、ジャストインタイムの雇用で対応できるようになります。小売業や飲食業ではすでにそれがほぼ限界にまで進んでいる状態と言えます。
労働力のジャストインタイム化は、需要に対して、労働力投入のムダがなくなりますので、基本的に生産性、引いては雇用者の所得が上がるはずなのですが、前述の通り、小売業や飲食業はすでに、労働力の弾力的な運用を最大限に活用しているものの、必ずしも生産性と雇用者の所得は、製造業と比べて上がっていません。端的には、労働力のムダがなくなった部分を、チキンレース的な低価格競争につぎ込んでしまっているからと考えられます。デフレを脱却し、商品やサービスを改善して価格を上げることに対し、企業や消費者の抵抗感が薄れるとともに、労働時間規制や物価に合わせた最低賃金の引き上げもしくは給付付き税額控除などを、政策パッケージとして実施することが必要でしょう。
国全体で見た時には、どういうことになるのでしょうか。本家のジャストインタイムは、時として負の外部性を指摘される場合があります。例えば、部品をすぐに納入できるようにするために、下請け企業のトラックが工場の周りの道路を占拠し実質的に倉庫として使っており、社会インフラにタダ乗りしているといった話です。労働力のジャストインタイムも、ビルの前で並んでいたり、公共交通機関で待っていたり、というほどの極端ではないにせよ、必要な時にに必要な分だけ利用できるためには、労働力が空いている状態(アベイラブル)であること、つまり実質的に失業していなくてはなりません。
業務請負や特定派遣を別にすれば、実質的に失業している間の賃金は基本的に払われないし、業務経験も積めず、教育訓練も行われません。そのため、実質的な失業の間のセーフティネットが求められ、職種ニーズの需給ミスマッチが起きた際の職種転換を容易にするための職業訓練の重要性も高まります。無限定社員の場合、他の職種への転換の際は、企業内で教育が行われていたはずですが、それを社会的あるいは派遣会社や転職支援サービスのような市場的に行うことが必要になります。企業が収める雇用保険料が仮に同じなのであれば、長期雇用を行なっている企業に対して、社会的なリソースにタダ乗りしているということにもなるでしょう。
その職種転換も、直近で求人倍率が高く人が足りていない介護などは別とすると、将来的に成長する産業を見通すのが難しいのと同じように、将来的に需要が増える職種とそのボリュームを国が前もって予想することは、それ程容易ではないかもしれません。過去、大学院進学者を増やした結果がどうなったか、あるいはITエンジニアが不足するとして増やそうとした結果がどうだったか、弁護士のニーズが高まるとして司法試験の合格者を増やした結果がどうだったかを振り返れば、その困難さは明らかです。
また、大前提として景気が良いことも極めて重要です。そうでなければ、今以上に潜在的・実質的に失業している労働力が増え過ぎ、雇用を増やしたい企業にとっては買い手市場で嬉しいですが、社会全体では人的資本が摩耗し、中長期的に社会保障費の急増を招くことになります。既存の企業に頼らず、起業すればいいのかもしれませんが、やはり景気が良くなければ、成功するのは大変です。当前かもしれませんが、労働市場の自由化が進めば進むほど、失業率は景気に連動しやすくなりそうです。労働市場の流動性ではるかに先を行く米国が、今の金融政策の出口を模索する好景気で失業率7%台ですから、普通の好景気程度では、失業率は米国の水準を目指すと考えられます。
結論としては、景気が非常に良く、公的あるいは市場による職業訓練や高等教育を通じて職種転換が十分に機能する場合に限り、解雇規制の緩和は確かに経済成長と、国全体の雇用増や所得増に繋がる可能性がある、ということになると考えられます。
(*1)企業内失業者は465万人 内閣府が報告書 - 47NEWS(よんななニュース)
(*2)長期雇用型企業の雇用の流動性を高めたければ、退職金の税制優遇を止めて前払いにすること、企業年金の完全なポータビリティを実現することこそが必要です。