Columns: Society
「選ぶ側」と「選ばれる側」
Communication | Society発覚! 人間の男がメス化している? は、今になって「発覚」もないと思うが、男性の様々な女性化の例が紹介されていて興味深かった。
「男性の女性化」ということで思い出すのは、以前「男らしさが変わる時」という副題で書いた記事だ。5年以上前の古い記事で今更拙い全文を読んで頂くのも忍びないので、多少修正してここにもう一度該当箇所を引っ張ってきてみる。
時代を遡ると、昔、生きていくことが精一杯であった時代、あるいは戦争の中で生き残ることが必要であった時代には、肉体的に優れていることが非常に重要な男の条件だった。「男らしさ」という言葉に含められるものは、そうした強さだったのだ。「黙して語らず」が格好いい男であって、べらべら喋るような男は女々しいという評価を与えられた。しかし、衣食住に不自由しなくなり、また戦争も起こらず平和ボケしている成熟社会においては、そうした生存能力の高さのようなものはもはや必要ではなくなる。そこで今度入ってくるのが、「一緒にいて楽しい」というファクタである。
話が面白い。一緒にいて楽しい。三高、という言葉が死語になって久しいが、「戦争男からコミュニケーション男へ」という宮台真司らの言葉を待つまでもなく、今求められているのはそういった、相手に共感し、相手を楽しませることのできるコミュニケーション能力の高さであることは疑いもないだろう。これは、通常女性がより優れている分野である。
外見についてもそうである。とある調査によれば、平均的な男性の顔から20%ほど女性の顔に近づけた顔が男女両方ともにも好まれる傾向にある、という結果が出ているそうだ。野蛮な男はもう要らない、ということなのだろう。
こうした新しい男性が恋愛競争の中で勝ち上がる一方で、時代の変化についていけない者たちが少なからずいるのももちろん確かであって、そういった男性は必然的に淘汰されていくことにならざるを得ない。
すでに5年以上前に、ずいぶんクリティカルなことを書いたものだが、「男性の女性化」ということでは、「選ぶ側」と「選ばれる側」という観点を付け加えて置きたいと思う。
前回出会わない系では、かつて結婚圧力が恋愛格差を見えにくくしていたと指摘したが、そもそもどうして結婚圧力が高かったかというと、「良妻賢母」思想の中で、職場においては圧倒的な男性優位な社会であり、男性が経済力を掌握していたということがあるだろう。女性にとっては、結婚によって階級を上がることができるし、そうでなくとも結婚市場を勝ち抜くことは生死に関わるため、「選ばれる」「見られる」ことに意識的であり、自分を磨くことが非常に重要だった。ファッションやコスメティックへの関心が高いのも当然である。
一方男性は経済力を握っており比較的「選ぶ側」にあったため、自分を磨きパートナを楽しませることに鈍感な人でもそこそこ仕事ができれば一応パートナを見つけられた。そのためカネを家に持ってくる以外にパートナに与えられるものが何もない男性が増産されてしまった。
しかし、時代は移り変わり、企業の事業環境が厳しくなるとともに、女性の職場進出が進むことで(無論まだ平等とは程遠いが、外資系やIT系では比較的差がなくなりつつある)、男性だろうが女性だろうが、「使えるか」「使えないか」で選別され、男女の平均的な経済力の格差が小さくなる方向にある。
こうなると、恋愛/結婚市場において、経済力を持ち余裕がでてきた女性の本来の強さが前面に出てくる。そこで起こるのは「選ぶ側」と「選ばれる側」の逆転。
日本は今、非婚化の進行が止まらない状況だが、全く結婚する気がない人はさほど増えている訳ではなく、90%の人は少なくとも「いい人がいれば」と思っている。それで非婚化が起こる理由はシンプルであって、「いい人がいないから」、それも特に「イイ男がいないから」である。
今、若者においてはこの「選ぶ側」と「選ばれる側」の逆転に気づいており、「選ばれる」「見られる」ことに意識的になって、冒頭のように、ファッションやコスメティックに気を配り、コミュニケーション能力を鍛え、自分を磨くことに比較的関心の高い男性が増えてきているように感じる。これが「男性の女性化」の正体なのではないだろうか。
しかし、今20代後半から30代の男性の、少なからぬ一部は、これら経済力の低下、パートナに要求されているものの変化、「選ぶ側」と「選ばれる側」の逆転に気づきながらも、アタマを切り替えきることができていない。これが、結婚適齢期の「イイ男がいない」状況を引き起こしている。今はまさに過渡期なのだ、と言える。
関連したところでは、「女が言う『生理的に受け付けない』人の正体」という記事も社会的淘汰圧を生理的に説明したものであり、興味深いので眺めて頂ければと思う。
Posted: 2004年04月25日 03:07 | Trackbackそうかなあ?
俺の周りの人間を観察すると、人並み以上に堅実にバリバリ稼いでる男は二種類で
①既存社会のレールに乗らずに動いてる「戦争男」
②既存社会のレールにガチガチにはまってる「機関車男」
③それ以外の一獲千金狙いのチンピラみたいな連中が、あぶく銭を集めてる。
特に①と②の数が非常に少ない ③は浮き沈みが激しい
女性の社会進出と言われるが
ほとんどの女性は人並みか、それ以下の稼ぎで、労働に疲れ切っている。そして陰で身体を売る女がとても増えている。
だから、8割位をしめる貧しい連中は男と女の少ない稼ぎを持ち寄り「一緒にいて楽しい暮らし」をつつましくしてる。
欲のある女は①②③を狙うが、
③みたいな男に引っかると堅実とは言えないチンピラな人生になる。
②みたいな男は付き合いやすいけど、レールに乗って生きてきたような男は雌の本能を刺激しない。愛しあうには主体性が希薄すぎる。
社会が「男女平等」かつ「平均的に貧しい」のが現代社会。
人並み以上になりたいなら、現代社会はまさに戦国時代というのが実情。
①だから結局のところ、ガッツのある堅実で賢い女性は、愛されて人並み以上になりたいなら、数少ない「戦争男」をつかまえる。
楽しい「コミュニケーション男」とたっぷり遊んだあとで。
Posted by: ヒロシ : 2009年10月04日 03:32そう、けれど現実を言えば、
①の男は遊び疲れたような女は相手にしない。
彼らが相手にするのは、やはり昔ながらの大和撫子。身持ちが硬く、謙虚で堅実で、芯のある女性だろう。
結局のところ、行き着くところは男も女も一緒なのだ。