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Columns: Society

サービス化する社会

Business | Society

現代先進国の飽食・モノ余りの時代にあって、コモディティ化するコンテンツ(製品や情報)を差別化するポイントは何か。その重要な1つは「サービス」である。そして、「サービス」はコンテンツの善し悪しとは別に、受け手側の感情的な受け止め方によって、満足度が異なってしまうという特徴を持っている。

『不快』化する社会、不快感を忌避する社会」 (via 「『非国民』に対する歴史的反応と現代的反応」)は、教育が、受け手側の「不快感」を元に善し悪しが判断されてしまうという一例で、興味深く読んだ。この件は、詳細なプロセスや状況が分からないため、何とも言えない部分もあるが、戦争の理不尽さを伝えるのに、赤紙を使うという着想、コンテンツ自体は必ずしも悪いものとは思わない。むしろ無味乾燥なテキストよりも強い、生きた印象を残すことが期待される。ただ、教育の顧客である生徒および生徒の親の感情を害してしまった時点で、教育「サービス」として失敗してしまった。コンテンツとは関係なく、ただ受け手側の感情で決まってしまっているのである。

高レベルの受験校である高校ぐらいにもなれば、教員の好き嫌いよりも、受験への役立ち度という点でコンテンツの質により授業が評価されることも多いと思われるが、このような義務教育ぐらいの段階では、教員との人間的な関係、感情的な好き嫌いによって、教員や授業が評価されてしまうことも多いのではないか。(余談になるが、先日の塾の事件も同様なことが言えるだろう。)

こういったサービスの「受け手の感情によって価値が決まる」という性質は、もちろん私たち自身も日常的に体験している。レストランなら食事がおいしいことは当然重要だが、それに加えてフロアスタッフの接客が店の満足度に大きく関係しているはずだ。終止無愛想な対応をされれば2度とその店に行くことはないだろう。高い専門性を持つ医療ですら、今や患者との人間的な関係が重要となっているサービスの1つである。

近年、若い人たちの間で「気配り」が最重要視されたり(*1)、しきりに、「コミュニケーション力」「対人力」「人間力」といった具体的な内容が余り語られない便利なキーワードや、社交性が重要なものとして流布しているのは、こうした社会の「サービス」に対する要求が非常に高くなっている事が背景にあると思われる。ビジネスを含むあらゆる場面において顧客(相手)に好感・快感を抱いて頂く事が競争力の源泉となっているのである。それゆえ、サービスレイヤにおける競争に満ちあふれた社会に生きる消費者は、ますますサービスを享受する際の自分の感情に敏感になり、要求水準を高めていく。

(*1)10代男の子は、社交性の有無で友達を判断する。 (博報堂生活総合研究所調査)

ただ、こういった流れは必ずしも全ての人にプラスである訳ではない。産業としても、先進国では、第3次産業(サービス業)が第2次産業(製造業)の規模を超えて久しいが、第2次産業でも差別化としてのサービスの重要性は高まるばかりであり(*2)、コツコツと真面目にコンテンツ(製品や情報)を作る事を得意としている技術者や職人にはますます不遇な時代が来ている。労働力のミスマッチは、産業構造の急激な変化に、人々の意識が対応しきれていないことがある。また、「コミュニケーション力」「対人力」「人間力」に不自由を感じていない人ですら、感情的な労働は、しばしばストレスの大きいものである。もちろん、サービスが重視される社会にただ不満を述べていても仕方がないので、そうした流れを踏まえて私たち1人1人がどう対応していくかが大切なのだが。

(*2)例えば、製造業の雄たるトヨタのレクサスがモノだけでなく、サービスを含む一連の経験(エクスペリエンス)全体を売っていることは明らかだ。

一方、こうした世の中の動きに対して科学的なアプローチも始まっている。IBMが取り組みを始めた「サービス・サイエンス」と呼ばれる領域がそれだ。受け手の心理的な状態によって価値が決まってしまうという性質を持つ「サービス」の重要性が高まる中で、それをどうマネジメントしていくのか、どう生産性や品質を高めて行くのか、あるいはどうイノベーションを起こしていくのか、といった問題意識があるようだ。もっとも、顧客の要求水準が高まる一方で、サービスの質の高め方はまだほとんど分かっていないのが現状である。

先のIBMなどが関わっているソフトウェアの世界において、SOA(サービス指向アーキテクチャ)や、SaaS(サービスとしてのソフトウェア)といった「サービス」が流行語として語られているが、これは決してソフトウェアだけの話ではない。好むと好まざるとによらず、あらゆる経済的活動、あらゆる社会的活動が「サービス化」する瞬間に、今私たちは立ち会っているのである。

【関連資料】
[business] 9/08 TRL主催、「サービス・サイエンス・シンポジウム」 〜講演資料

【関連書籍】

4260331175感情と看護―人とのかかわりを職業とすることの意味
武井 麻子
医学書院 2001-03

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4790708039管理される心―感情が商品になるとき
A.R. ホックシールド Arlie R. Hochschild 石川 准
世界思想社 2000-04

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4062581779自己コントロールの檻―感情マネジメント社会の現実
森 真一
講談社 2000-02

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4478374120サービス・マネジメント
カール アルブレヒト ロン ゼンケ Karl Albrecht
ダイヤモンド社 2003-04

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4761262788リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間
高野 登
かんき出版 2005-09-06

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Posted: 2005年12月19日 07:00 このエントリーをはてなブックマークに追加
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コメント

興味深く拝読させていただきました。
無愛想だが腕は随一の「山奥の鍛冶屋や陶芸職人」すら
対人能力という具体的な意識変革・行動に移しにくい、
或いはどうすればよいのかわからないスキルが、第3次産業並みではなくとも
ある程度は求められてくる時代ですね。

幼少に学習偏差値を求められ、今更対人能力偏差値を求められて路頭に迷う
高学歴男性も多そうです…。

なるべくなら不得手でロスをするよりも得手特化で行きたいところですが、
不得手に関しても丸々放棄でなく、ある一定のラインまでは行なう努力をする
(ふりをする)ことができるような技術が必要になるケースもあるかもしれませんね。


Posted by: yama : 2005年12月20日 21:38

コメントありがとうございます。
個人的には、ちょっと不器用だけど技術力はピカイチって人はむしろ好感を持つんですが、人と関わらずには生きられないだけに、市場的にはなかなかきちんと評価されない時代なのが厳しいですよね。もちろん、あくまでバランスの問題ではあると思いますが。

高校以下の頃と大学生になってからで要求される偏差値が違いうる、というのはまさに仰る通りで、そこは急に言われても話が違う、という人をこれ以上作らないように伝えていく必要があるのではないかと思います。

Posted by: sociologic : 2005年12月21日 08:28

個人的には、ちょっと不器用だけど技術力はピカイチって人はむしろ好感を持つんですが、人と関わらずには生きられないだけに、市場的にはなかなかきちんと評価されない時代なのが厳しいですよね。もちろん、あくまでバランスの問題ではあると思いますが。

Posted by: billig ugg stiefel : 2010年10月27日 18:08

個人的には、ちょっと不器用だけど技術力はピカイチって人はむしろ好感を持つんですが、人と関わらずには生きられないだけに、市場的にはなかなかきちんと評価されない時代なのが厳しいですよね。もちろん、あくまでバランスの問題ではあると思いますが。

Posted by: links of london bracelets : 2010年10月28日 09:59

今日は~^^またブログ覗かせていただきました。よろしくお願いします。
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Posted by: モンクレール : 2013年01月12日 18:34
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