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記憶彼女
Communication以前、NHKでサイボーグの番組の再放送をやっていたが、その中に人の記憶の改ざん(変更)の話があった。テクノロジの進歩によって、将来ある種の脳内彼女(彼氏)が記憶の改ざんによって現出し、ある種の非モテの人たちが救われる時代になるのだろうか。
科学的なことは全く素人だが、可能性としては、五感の神経にフルに信号を送ることで、今付き合っているという「設定」にするバーチャルリアリティもありえなくはない。ずっと白昼夢のような世界にいるイメージだ。しかし、現実生活は自分自身が良く知っている「主人公」であるがゆえに、両立するには、辻褄を合わせ切るのに余りにも多くの「設定」が必要になるため、画面の向うの電車男ほど話は簡単ではない。
そこでまず想定されるのは、昔何人かと付き合っていたが、たまたま今はフリーという確認がしにくいような形での「設定」をインプットすることである。脳内彼女(彼氏)に対して言うとすれば「記憶彼女(彼氏)」となるだろうか。もちろん、コミュニケーションコンピテンシを始めとして、記憶以外はそのままな訳だから、コンピテンシはないのに自信だけはあるというアンバランスな状態になるが、それでも対人関係におけるプラスイメージの経験(存在を肯定された経験)の積み重ねによって構成される承認の記憶は、生きていく上で支えになりうるものである。
承認の記憶ということでいうと、自身の経験にプラスイメージが多いか、マイナスイメージが多いかは、昔TVでやっていた記憶があるが、例えばこれまでの人生の中でもっとも印象に残っている思い出をポジティブな思い出・ネガティブな思い出を合わせて3つ挙げる、といった実験によって分かるだろう。一般的に、このような質問に対しては、多くの人が2つ以上をポジティブな思い出として挙げるものらしい。前向きに生きるために、辛い思い出をできるだけ風化させ、良い思い出を美化させるような作用が働くのだろう。
しかし、ここで2つ以上ネガティブな思い出を挙げてしまう場合、ネガティブ思考に陥りやすい記憶が構成されている可能性があり、記憶の一部削除もしくは改ざんによってポジティブ思考を取り戻せる期待がある。一方、そもそも思い出になるような経験がない場合は、逆に記憶を新規に追加することが考えられる。
物理的なサイボーグ技術は事故や病気等に失われた臓器・肢体を復元するという医療的な意味で期待され(もちろん、軍事的な用途でも期待されているが)、実用化も進められているが、脳の研究が一層進歩すると、このように、記憶の改ざんによって、辛い経験によって欠けたこころを復元するという治療や、もっとカジュアルな用途に使われる可能性がある。
もっとも、そうした喪失(あるいは虚無)を抱えて生きることこそが人間的である、とも言えるのであるが。
【関連エントリ】
ベーシックアクノリッジメント(基本的承認)
【関連(?)書籍】
過去と記憶の社会学―自己論からの展開 片桐 雅隆 世界思想社 2003-02 by G-Tools | 封印された叫び―心的外傷と記憶 斎藤 学 講談社 1999-12 by G-Tools | ||
Posted: 2006年05月19日 00:00 ツイート