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Columns: Society

「ネクスト・マーケット」の日本への示唆

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以前から読もう読もうと思っていてようやく読んだのだが、「ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略」(原題: 「The Fortune at the Bottom of the Pyramid: Eradicating Poverty Through Profit(ピラミッドの底辺に眠る富: 収益を上げながら貧困を根絶する)」)という本の存在を知った時に感じたのは、まず国内の貧困を根絶しようとはしないのか、というある種義憤にも似た感情だった。言うまでもなく、米国は社会実情データ図録の「所得格差の国際比較(OECD諸国)」や「所得格差の長期推移及び先進国間国際比較」でも比較されているように日本よりもずっと格差は大きく、米国型資本主義が引き起こす貧困問題についての「先進国」だからだ。そして今、日本国内でも「ワーキングプア」や「ネットカフェ難民/マック難民」といった言葉がメディアを賑わすほどに、貧困問題が現実のものになりつつある。

しかし、実際にこの本を読んで分かるのは、これは「貧困層ビジネス」についての本ではなく、あくまでもBRICsやVISTAなどの言葉で語られる「新興国ビジネス」についての本である、ということである。実際、本書後半では、半分以上のページを割いて新興国で成功しているビジネスケースが収録されているが、多くがインドのように人口が多いために潜在市場規模が非常に大きく、成長著しい国におけるものが多く、その意味で訳書の「ネクスト・マーケット」というタイトルはこの本質を捉えていると言える。

日本がまた、こうした「ネクスト・マーケット」に取り組んで行く必要があることは間違いない。人口減少社会へと向かう中での成長戦略として生産性向上が重要なのは確かだが、「年収倍増計画」とか高度経済成長とかの時代ではない(当時はむしろ日本が「新興成長国」だった)のだから、単に生産性が向上すれば自動的に消費が増えるものでもないし、産業構造の変化により輸出が難しくかつ生産性を高め難いサービス業の占める割合が増えている中では、国内市場だけで成長を維持するのは困難である。

「ネクスト・マーケット」が提示する貧困の解決手段は、フェアトレードのように新興国の人々を生産者とし、「公正な価格」でモノを買うことで自立を促進する、というものとは異なる(必ずしも社会起業家という訳ではない)し、インドなどで躍進するIT産業のように、物価の違いによって先進国向け輸出を急成長させ、現地の相場としては高収入を得て行く(ある意味ではフェアトレードの一種?)のとも異なる。何しろ新興国の人々を「消費者」にしようというのだから。

常識的には、物価の違いにより非現実的なのではと思ってしまうが、「ネクスト・マーケット」のケースの多くでは、資本の投入と技術やプロセスのイノベーションの創出、現地の人々の教育やコミュニティの育成によって、これを実現しようとする。どんな産業でも実現できる訳ではないことかもしれないが、ポイントはこれまで現地に眠っていた有能で意欲的な人々を育てることで、軌道に乗った後の実際のモノやサービスの生産・提供を現地の人々で行い、かつ現地の人々が享受することで物価差をクリアするところと、かつ人口ベースの大きさでボリュームを生み出して行くところだろうか。

この辺りが、同じ「消費者」にするにしても社会福祉搾取や低品質・低価格なだけに陥りがちな先進国内における貧困層向けビジネスとは根本的に異なっている。「ネクスト・マーケット」が狙うところでは、新興国の人々が豊かになればなるほど、より高額なモノ・サービスを売れるようになるため、新興国の人々が豊かになることは全くウェルカムであるからだ。その意味で、国内に「ネクスト・マーケット」はあるかといえば、国内に限定された人口ボリュームやエコシステム構築の困難さなどの点で、残念ながら期待できない、と言うしかない。

しかしそれでも、国内でも有効な、本書が示唆するヒントが、2つほどあるように思える。1つは、コミュニティの重要性である。特に「ネットカフェ難民/マック難民」において顕著だろうが、ケータイによる日雇い労働者集め(ワンコールワーカー)と相まって、これまで以上に人々が分断される方向が強まっており、そのような中では、苦楽をともにする仲間を見つける事はますます困難になる。新しいタイプの組合も生まれつつある中で、そうした情報を広げ、コミュニティを育成して行くことは、非常に重要であると思われる。

もう1つは、仕事のやりがいを高める自尊心の問題がある。「ネクスト・マーケット」では、これまでビジネスの表舞台に出て行くことが難しかった女性を中心に、ビジネスリーダとしての誇りと意欲を持ち活躍していく様子が繰り返し取り上げられるが、「人を人と思わぬ扱い」が横行する日本の労働の末端現場で、自尊心を育む事は率直に言って難しいと言わざるを得ない。ストレスの矛先が企業間・企業内のいずれにおいても上から順々に降りてくる状況があるにせよ、仕事におけるパートナに対して「人として接する」ことは、日本の職場が閉塞感を打破して行くために必要なことではないか。(もっとも、「同情するならカネをくれ」ではないが、何よりもまず「カネの問題」(最低賃金と雇用の一定の安定性)が先だろうが。) これは単に人道主義的観点というよりもむしろ、人口減少による労働力不足の中で、生産性を高め、持続可能なビジネスを実現するための、結果として合理的な「ネクスト・マネジメント」としてという意味でである。

【関連リンク】
[society] 日雇い宿無しフリーターをターゲットにする「貧困層ビジネス」の実態
[society] BRICsの台頭と世界経済への影響
[business] BRICs台頭の光と影:2006年の注目点 (pdf)

【関連書籍】


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英治出版 2005-09-01

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シルヴァン・ダルニル マチュー・ルルー 永田 千奈
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Posted: 2007年05月01日 00:00 このエントリーをはてなブックマークに追加
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