Columns: Society
グローバリゼーションへの対応は何のため?
Business | Society韓国と日本の、此彼の実力差は、いつ、どのように生まれてきたのか?
実は、このことを考えることは、オリンピックの野球だけに止まらず、日本の経済、社会の本質を考えることにもつながる。
結論からいえば、優勝した韓国に対して星野ジャパンがオリンピックで惨敗した理由は、グローバリゼーションへの対応の差にある。
カトラー:katolerのマーケティング言論: 第三の開国へ、日本は何故韓国に惨敗したのか?
この「第三の開国」シリーズは興味深く拝読しているが、今回のオリンピックの野球における日本の敗北が「グローバリゼーション」への対応ができていないからだという話には若干違和感を感じた。何故かを考えていると、日本のグローバリゼーションへの対応が遅々として進んでいないことへの危機感と煽りが勝ち過ぎて、「何のため」かがぶれているからではということに思い当たった。
ちなみに、もう1つの例として挙げられている「柔道」から「JUDO」という変化に対しては、実際のところ、日本選手が必ずしも全く対応できていないという訳ではなかったと思う。柔道においても、かつての華麗に一本を狙って行く「柔道」から、Yuko(有効)でもKoka(効果)でもとにかく点を取って何が何でも勝ちに行く「JUDO」への変化という「グローバリゼーション」が起きているとされるが、100kg超級の石井慧選手はそうした考え方を取り込み対応できるように取り組んでいるという話をNHKの「JUDOを学べ~日本柔道 金メダルへの苦闘~」でやっていて面白く観たし、そして確かに成果を残した。
柔道の場合、今のところそれ自体がプロ化・ショービジネス化している訳ではない(石井選手は学生であるし)から、オリンピックでの金メダルはそれ自体が最大の目的の1つであり、「グローバリゼーション」に対応することには意味がある。
一方で、野球の場合、プロ野球選手の目的はショービジネスとしてのプロ野球において、観客を楽しませることであり、それによって収益を上げることが求められている。韓国もプロ野球選手ベースのチーム構成ではあるが、「野球:韓国球界、観客動員数で米日にはるかに及ばず | Chosun Online | 朝鮮日報」などのように、プロ野球の存在感は米日より小さく、オリンピック期間中はプロ野球をのスケジュールを入れていないというぐらいだから、オリンピックで勝つことの方が重要なのだろう。それに対し、2流選手しか出して来ないアメリカはもちろん、日本もまだまだ国内のプロ野球の方がビジネスとして重視されている判断である。
そうした視点からすると、日本のプロ野球にとって「グローバリゼーション」への対応として、ストライクゾーンを見直したり「飛ぶ」ボールを見直すことが、本当に観客を楽しませショービジネスの収益性を高めるという目的に合致しているのかは甚だ疑問であり、むしろ優れた選手が歯抜けのようにメジャーに移籍していることの方が深刻だ。逆に、もうペナントレースは収益上重視しない、ワールド・ベースボール・クラシックを始めとする国際大会をどんどん広げて、そちらで収益化していくんだということであれば、確かに国際標準に対応していくことが重要になる(*1)。
(*1)もっとも、今回の星野ジャパンについては、単に監督を含む人選や采配といった「バスに適切な人を乗せる」段階で間違っていただけのように思われる。
グローバリゼーションはそれ自体善でも悪でもなく、ただそこに起きていることであり、企業は外国企業の商品・サービス・ビジネスモデルとの競争や、国内の人口現象に伴う市場の成熟化により、成長を維持していくために海外市場に出ていかざるを得なくなっていたり、個人は新興国を中心とした安価な労働力との競争、収入水準の低下からサバイバルする必要があるという意味で、日本がグローバリゼーションへの対応という課題に直面していることは確かだが、あくまでも「何のため」にグローバリゼーションに対応するか(あるいはしないか)を考えることが大切なのではないだろうか。
Posted: 2008年08月29日 00:00 | Trackback