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顧客満足疲弊のデススパイラルは止められるか
Business | Society製品・サービスが成熟し、機能による差別化が困難になる中で、デザインやサービスの体験といった機能価値から体験価値による差別化を狙うことはごく普通になりつつある。中でも顧客満足、顧客満足を超える顧客感動を追求します、はどの企業も言ってることであり、単に言葉上の「顧客満足」「顧客感動」にはもはや差別化する余地は小さい。しかし、やらなければ競争に負けかねない。
一方で、こうした過剰な顧客満足の追求が、顧客満足主義に慣れ増長したモンスター顧客化の時代の中では、現場の労働者の感情労働(=高度な感情コントロールや期待される感情の提供を求められる労働)の度合いを高め、サービス残業を増やし、現場の疲弊を招いている可能性がある。
長時間低賃金で客や会社や社会の悪口を言わず顧客満足主義で働くことに同意しなければ「非国民」と判断される。
この戦前の「非国民」という概念は21世紀の現在でもまったく生きていますし、普段サラリーマンとして客や上司の理不尽な要求を呑んでいる人が消費者として振舞うときに 「この俺様が(長時間低賃金で客や会社や社会の悪口を言わず顧客満足主義で働くことに同意しているのに)この店員のやる気のない態度は何だ」とクレーマー(クソ客)に変身するのは目に見えている。
Don't be memo: 「働いたら負け」って言ったら、精神疾患とみなされるのか、このクソ社会が!
一般に、こうした過剰な顧客満足要求には2タイプがあると思われる。1つは客側にコスト意識がなく、どんなサービスを付加するにも本来はコストがかかるはずだが、それに対する感覚が弱いために際限のない要求をしてしまう場合であり、もう1つは客側にコスト意識がある(カネがかかることは理解している)が、カネを払いたくないか、もしくは払えないために、提供側の「誠意」を求めようとする場合である。いずれにしろ、過度な要求はタチが悪い。その点で、socioarcが普段フォローしている、コミュニケーション問題、メンタルヘルス、サービス生産性はそうした意味で全て繋がっている。はたして、こうした顧客満足疲弊のデススパイラル(下図)は止められるのだろうか。
基本的に、経営者が率先して顧客満足主義を取り下げるモチベーションはない。これは、昨年まで、輸出型の超大企業を中心に、史上最長の景気回復を実現している中でも、労働者に還元する動きが起きなかったのと似ている。内需が拡大しないのは労働者への分配率が下がっているからではないか、内需が拡大しないから8割の内需中心企業はいつまでたっても景気回復の恩恵に与れない負のスパイラルに陥っているという指摘はしばしばされたが、自社が率先して賃金を上げる意味はなく、どこかもっと儲かっている企業が払ってくれないものか、と期待しているだけだった。顧客満足の問題においても、中小企業を別にすれば、経営者が直接顧客対応をすることは少ないから、わざわざ競合他社より顧客サービスの低下を招きかねないことはしない。
逆に、行き過ぎた顧客満足主義は、むしろ普通の顧客の満足度を下げ、現場を疲弊させ、むしろ良質な顧客への顧客サービスを低下させ、会社を傾かせるというリスクがあることがはっきりしてくれば、経営者としても、顧客期待のマネジメントを意識しなければいけないということになる。良いのか悪いのかは分からないが、モンスター顧客の増加が、そうしたきっかけになる可能性はある。
本来、クレームによって、顧客視点から、製品やサービスの改善点を見つけられたり、適切な対応をすることでむしろファンになってくれるということから、企業にとって「クレームは宝」(*1)であるはずだった。だが、これはあくまでも顧客にその企業により良くなって欲しい、という期待があるから、ということが前提であり、単にゴネ得で金銭的・物的に得をしてやろうという顧客や、もっと始末が悪く、ストレスの捌け口として店員に当たる、客という優位な立場で嫌がらせをして心理的優位感を得たい、といった顧客からは、企業にとって改善点を見出すのは困難である。一時期顧客満足とともに出た「クレームは宝」系の書籍から、悪質クレーマー対策系の書籍へという潮目の変化にも、そうした萌芽は見えつつあるように思われる。
(*1)現場を納得させモチベーションを高めるための言い方かもしれないが。
プロ法律家のクレーマー対応術 (PHP新書 522) 横山 雅文 PHP研究所 2008-05-16 by G-Tools | クレーム処理のプロが教える断る技術 援川 聡 幻冬舎 2004-12 by G-Tools | ||