Columns: Society
経済成長や雇用を支える産業はどこにあるか
Society「産業のサービス化」ということが、「脱工業化社会」以来数十年繰り返し指摘され、特に最近は「モノからコト(体験/サービス)へ」「所有から利用へ」ということが言われるが、次の経済成長や、雇用を支える産業がどこにあるか、という視点で見ると、これらの「モノからコト」「所有から利用」という流れは、そこまで本質的なものだろうか。「モノからコト」というのは、製品機能での差別化が難しくなる中での付加価値のつけ方、差別化、ということであったり(*1)、「所有から利用」というのは、世の中の変化が激しくなる中で、企業であれば経営、家庭であれば生活の柔軟性を確保し、将来に選択肢を残しておく一種のリアルオプションということであったりする(*2)が、これは(製品・サービスの)価値の提供形態だったり課金モデルだったりするだけである。
(*1)例えば、「顧客はサービスを買っている―顧客満足向上の鍵を握る事前期待のマネジメント」。サービスマネジメント系の書籍はいくつもあるが、サービスの分類や高品質化の取り組みという点で、研究段階のためまだ十分に整理されきれてはいないものの参考になる。
(*2)例えば、仕事で海外を含む頻繁な引越しがあるような家族では、家を買うよりは借りる方を選ぶだろうし、将来の見通しが立たない人は結婚や出産はしない(というか難しい)だろう(これは「持たない人生」でも書いた)。
経済成長や雇用を支えるという視点で見ると、生産性をどう高めるか、雇用吸収力があるかどうか、ということになるが、この2つは原則としてトレードオフの関係にある。製造業のように、労働装備率を高めて生産性を高めることが比較的やりやすい産業は、人がそれほど要らなくなってしまうので、経営努力をするほど、雇用吸収力が低下する。逆に、介護のような労働集約的な産業は、(例え介護ロボットの導入によってある程度の負担は軽減されたとしても)人にしかできないハイタッチなサービスであり、雇用吸収力が高くなりうる一方で生産性は高めにくい。
もう1つ、雇用吸収力の面では、ビジネスのバリューチェーンを構成するビジネスプロセスをどの程度海外に移転できるか、ということがある。一時期、「構造改革」によって派遣可能な業種が広がることで、製造業の工場の国内回帰が進んだが、昨今の「派遣切り」問題で、企業はまた日本での労働力の確保のリスクを思い知ったから、再び海外への移転が進むだろう。一方で、教育・医療・介護のようなサービス業で言われる「同時性」がある産業では、主要なサービスの提供プロセスにおいて、サービス提供者と受益者が同じ時間・同じ場所に居る必要があるので、原則としては海外移転はできない(*3)。
(*3)ただ、通信帯域の高速化・高信頼化によって、遠隔教育はもちろん、一部遠隔医療も試行されており、将来的にはある部分が移転するだろう。
この2つ、すなわち、ビジネスのスケーラビリティと、ビジネスプロセスの海外移転のしやすさの2軸で産業マップを作ってみた(図1)。なお、何らかのチェックリストや指標を用いれば「正確」なマップも描けるだろうが、これは全く印象レベルである。
図1 産業マップ
ここで、ビジネスのスケーラビリティは、(i)資本集約・知識集約的であるほど高まり、労働集約的であるほど低い。つまり、設備投資による自動化、ハイテク化がしやすいほど高く、人的サービス要素が大きく自動化が難しいほど低い。(ii)規模の経済が働き、規模が大きいほど生産コストを下げられたり、バーゲニングパワーを発揮した買い叩きがしやすいほど高い。一方の、ビジネスプロセスの海外移転のしやすさも、様々な要素が考えられるが、(i)主に、対人サービスのように物理的に現地でなければできないものは難しく、設計・製造と販売が分離できる製造業は概して容易である。(ii)また、「コークの味は国ごとに違うべきか」が指摘する、CAGEフレームワーク、つまり、文化的な隔たり(言語を含む)、制度的な隔たり、地理的な隔たり、経済的な隔たり、の要素も大きいと思われる。
この図で明らかなように(といっても印象レベルだが)、一口に「サービス業」と言っても、ビジネスのスケーラビリティとビジネスプロセスの海外移転のしやすさはまちまちである。恐らく「(広義の)サービス業」という概念が広過ぎるのだと思う。例えば、情報・通信業という括りは、この2軸で見ると余りにも大雑把過ぎる。物理的な通信回線を提供するビジネスでは、通信設備・基地局が現地になければ始まらない。インターネットビジネスはデータセンタも開発部門も本来どこにあってもいいはずだが、本国以外でなかなか成功しにくいのは、コンテンツやコミュニティのサービスを普及させるには恐らく企画・開発者の現地文化の理解が非常に重要だからだ。ニコ動などはむしろメディアに近い。サーバ・PCといったハードは製造業そのもので、モジュール化が進んでいるから企画・販売・マーケティング以外は全部海外に行きうる。「ニッポンIT業界絶望論」に代表されるように評判の悪い受託開発は、一種のプロフェッショナルサービスで、知識・ノウハウの集約が重要ではあるものの、極めて労働集約的、と言った具合である。
雇用の受け皿、ということでは、産業マップの右下、スケーラビリティが比較的低い労働集約的で、ビジネスプロセスの海外移転が困難な産業が向いている。ただ、こうした産業では、単純に、機械化・自動化で生産性を高めにくいから賃金水準が上がりにくい。例え「付加価値」をつけようとしても、個人向けでは家庭の財布の中からしか出ないので、賃金水準が下がれば払いようがない。昨今の不況で、高級ホテルが苦労しているようだが、裕福な個人が増えなければ利用できない、ということなのだろう。必ずしも上手くいっていない「混合介護」の取り組みや、美容院からQBハウスという流れも同様である。企業向けであっても同様で、カネのない産業に付き合っても仕方がないので、収益性の高い産業に、どう役立つ製品・サービスを提供していていくか、ということになる。
一方、家庭の収入レベルの引き上げに貢献できうるとすれば、上半分のスケーラビリティが比較的高い産業である。世界の経済危機で大きな打撃を受けたことで、輸出産業ばかりに依存し過ぎている産業構造は良くないのではないか、内需拡大が重要だ、ということがしきりに言われているが、そこで意図している内需型産業が右下の労働集約的なものばかりでは、天下の回りものであるカネが流入しないため先細ってしまう。輸出産業であれ内需型産業であれ、経済成長、生産性向上を牽引しうるとすれば資本・知識集約率の高い産業である(*3)。
(*3)仮に日本人世帯の個人消費が萎んでも、海外の富裕層を呼び込むことができるのであれば成立する観光業は、内需型産業に位置づけられながら輸出産業に近い(逆に海外の景気が悪くなると落ち込む)ユニークな存在ではある。
人口減少の中で持続的な経済成長を実現するには、生産性を高めなければならないのはもちろんだが、生産性の高い産業だけに選択と集中をしようとすると雇用需要の維持が期待できない。経済成長を牽引する産業と、雇用吸収力の高い産業とを上手くミックスしてバランスを取っていくことが必要なのだと思う。もちろん、最も本質的で、かつ最も難しいのは、どんな産業であれ、需要を創出できる製品やサービスを提供する、ということではあるのだが。
コークの味は国ごとに違うべきか パンカジ・ゲマワット 文藝春秋 2009-04-23 by G-Tools | 顧客はサービスを買っている―顧客満足向上の鍵を握る事前期待のマネジメント 北城 恪太郎 ダイヤモンド社 2009-01-17 by G-Tools | ||