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Columns: Society

ブラックソーシング問題の射程

Society

ブラック企業問題に対する有効な対応策の1つとして、企業と労働者間の情報格差をなくすこと、つまり、離職率や平均勤続年数を始めとした情報公開を企業に求めていくことで、ブラック企業を掴まされる労働者を市場的に減らしていこうというアプローチが、新聞メディアでも出始めています。

厚生労働省は十月末に、初めて「大卒者の三年以内離職率」を業種別で公表した。ようやくブラック対策に乗り出した格好だ。それによれば、宿泊・飲食サービス業や教育業の離職率は約五割に達し、一年後の時点でも四人に一人が辞めている実態が分かった。 だが、業種別の公表では、不十分である。やはり、各企業別に離職率や平均就業年数といったデータを明らかにしなければ、学生にとっての判断材料とはならないし、ブラック企業の存在を明るみに出すこともできない。
全企業一斉の公表が難しいならば、公表できるところから始めればいい。それによって企業の姿勢を判断できるはずだ。
中日新聞:ブラック企業 離職率を開示させよ:社説(CHUNICHI Web)

こうした情報公開によるアプローチは、socioarcでも繰り返し提案してきたものであり、ブラック企業対策として一定の効果が見込めるものと期待されます。一方で、例えばこうした情報公開が上場企業に義務付けられるとした場合に、新たな問題が浮かび上がる可能性が考えられます。つまり、「ブラックソーシング」という問題です。

ここで、「ブラックソーシング」とは、「ブラック労働」+「アウトソーシング」の造語であり、文字通り、ブラック的な労働を他社にアウトソースすることです。現在でも、さまざまな業界で多重下請構造が形成されており、一般に、ピラミッドの底辺に位置する企業ほど、厳しい状況に置かれがちであると言えます。最末端では事実上個人レベルで請負っている場合もあるでしょう。需要変動に対する労働力ニーズの変動も、大手企業におけるレイオフへの抵抗感がある中では、こうしたピラミッド構造によって吸収されている側面が強いと言えます。

大手企業である発注者や元請け企業は、御用組合と言われながらも組合からの要求があり、メディアや世間の目も厳しいので、労働時間規制や残業代の支払い、有給消化率の改善、といったコンプライアンスや福利厚生を重視した経営を行なっていると、基本的には考えられます。その一方で、デフレの買い手市場の中で、買い手の交渉力は高く、サービスレベルや低価格化への圧力は強まるばかりです。こうしたギャップを埋めるためには、下請け企業に対する要求をますます厳しくせざるを得ません。結果として、下請け企業がブラック労働を引き受けるということになりがちです。

発注側は、あくまでも成果物に対する対価や期間という契約条件で、「業務委託」をしているだけであり、受注側の労働環境や労務管理は、普通に考えれば知ったことではありません。あくまでも「企業努力」の問題である、というだけでしょう。ただ、ビジネスモデルやビジネスプロセス、プロダクトのイノベーションなくして、ただ単に安くすることはできない訳で、いきおい、長時間労働・サービズ残業化や人件費削減に繋がってしまいます。離職率を始めとした、情報公開によるアプローチは、情報公開が義務付けられていない、あるいは「戦略的に」非協力的な企業へのブラックソーシングを、ますます加速する可能性がある訳です。

では、こうしたブラックソーシングの問題をどのように考えれば良いのでしょうか。先に、公害としてのブラック企業では、社会の共有財産である人的資本を毀損するブラック企業の問題を、公害や環境問題のアナロジーで捉える視点を提示しました。ブラックソーシング問題も同じです。

環境問題において、欧州のような環境への意識が高い地域では、サプライチェーン全体で、有害物質の混入を禁止する動きがあります。温室効果ガスでも同様であり、サプライチェーンや企業活動全体でのCO2排出量を管理しようという「スコープ3」という概念が提案されています。

スコープ1は企業内活動における燃料の燃焼で排出される温室効果ガス、スコープ2は電力など2次エネルギーの使用によって間接的に排出する温室効果ガスを指す。この2つは、すでに企業が定期的に報告するのが当たり前になっている。(中略) スコープ3として算定方法の規格化が検討されている温暖化ガスは、対象や範囲が次のように大幅に拡張されている。
(a)調達品に関するTier1サプライヤー(1次請け)から最上流のサプライヤーに至る全排出量
(b)固定資産に関わる排出量
(c)輸送(搬入側と搬出側の両方)に関する排出量
(以下略)
企業の環境対応に迫る“スコープ3”の脅威:政策・法規制:ECO JAPAN -成長と共生の未来へ-

雇用・労働問題における「スコープ3」を考えれば、業務委託先がブラック企業かどうか知ったことではないと、果たして言い切れるものなのでしょうか。環境問題における企業の社会的責任のスコープは、多段構造の下請け企業、配送業者、設備・備品の提供企業など、企業活動全体をほぼカバーしようとしているのです。環境規制も雇用規制も企業からは嫌われモノですが、雇用規制は環境規制に比べると、まだ緩い方と言えるでしょう。

ブラックソーシングの問題は、自社でやりたくないことを企業間で誰に押し付けるのかというババ抜きの問題でもあります。自社がホワイト企業であれば、発注先がブラック企業でもいいのか、という話は、次のステップとして出てくる可能性があるのではないでしょうか。もちろん、今のところは、それ以前の自社における「スコープ1」が問題であるのですが。

Posted: 2012年11月27日 00:00 このエントリーをはてなブックマークに追加
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