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Columns: Society

流動性と「即戦力」の関係

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独身男子と独身女子のレベルの差について」は、恋愛/結婚市場において日常的に(?)見られる光景で、こうした市場における「ミスマッチ」が非婚化の大きな要因になっている訳だが、先日のエントリでも触れた「経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには」ではこの手の「ミスマッチ」に関連して、統計的に分析した上で、こう指摘されている(*1)。

(前略)「マトモな男の人は絶対結婚している」のではなく、「結婚によって男は仕事ができるようになる」というのが正しい。
負け犬女性は、まだまだあきらめるべきではない。ダメ男に見えても、結婚すればイイ男になる「隠れイイ男」はまだまだいるはずだ。もっとも、負け犬女性にしてみれば、そんなことはとっくにわかっていて、「勝ち犬女性が一生懸命イイ男にしてくれた男性をいいとここ取りするほうが手っ取り早いのよ」ということかもしれない。(p.39)

(*1)ここでは仕事についてだが、他についても同様のことが言えそうだ。もちろん、相手に「即戦力」を求める、という意味では男性も恐らく同様。違いは自分への投資時間/カネか。

あきらめるかどうかは個人の自由だが、ここで重要なことは、恋愛/結婚市場が広がり、より良いパートナを探して流動性が高まることで、長期的な関係の中で相手と共に成長するよりも、ある種の「即戦力」を求める傾向が強くなってきた、ということが言える。そうしてみると、このような「即戦力」志向はあらゆる人と人との関係で、現代において広く見られる傾向と共通していることが分かる。「誉め上手に人は集まる」もそうだし、例えば、サービスビジネスにおける顧客とサービス提供者の関係について、前回も紹介した「リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間」でも関連する記述がある。

(前略)昔はお客様がホテルマンを育ててくれました。
サービスの本質を示唆してくださったり、具体的に足りない知識や技術を指摘してくださったり、ときには人生についての含蓄ある言葉をくださることもありました。また何もおっしゃらなくても、その立ち振る舞いを見ているだけで勉強になりました。多くのホテルマンは、お客様からさまざまなものを学んで自らの感性を磨いていったのです。
(中略)ただ最近は、残念ながらホテルマンを育ててくれるような場面が少なくなりました。(p.207-208)

この場合は、こうした機会が減ったのは「お客様とホテルマンがお互いの感性をぶつけ合うような接点が減ってしまった」からということであり、だからホテルマンの側から接点を作ること、と続くのだが、(リッツ・カールトンはともかく)サービスの供給過剰による消費者優位な買い手市場の中で、特定の企業、店舗やサービス提供者にロイヤリティを持つよりも、その時その時でより良い(質の高いとか安いとか)ところから購入した方が得である、ということになれば、尚更このようなお互いに高め合うような関係は構築されにくいのは間違いない。(だから企業はポイントカードのような真に顧客のためになっていないロックインの仕組みを構築しようとする。)

一般的に、雇用の場面で、新入社員を教育している余裕がないから「即戦力」のある中途採用を重視する、とか、終身雇用が崩壊したので、教育は市場競争力を高める目的で自主的に行って貰う、というのと非常に似た状況である。つまり、流動性が高まると、自己責任的な「即戦力」が要求される、ということになる(*2)。

(*2)なお、内田先生の「即戦力といわれても」について言えば、泥臭い雑用が重要というのはその通りだが、Googleのようなスーパーマンばかりを集める企業は別として(もっともGoogleは人材を活用するマネジメントシステムも極めてユニークだが)、普通の人が一杯いる企業の競争優位性は人材だけにある訳ではなく、ビジネスモデルやプロセス、チャネル、ブランドなどの総合的なものであり、「即戦力」人材では競争優位性がない、というのは必ずしも当たらないと思う。

そして、こうした風潮にあっては、どんな市場においても初期の経験や能力の差がそのまま拡大しやすい状況が発生する。初期の経験や能力のある人に、より機会が与えられやすく、更に経験や能力を高めることができる、ということである。年齢が上がれば上がる程、更にその傾向は強まる。仕事の場面なら、30歳ならチームリーダーの役割が期待されるし、35歳ならマネジメントの役割が期待される。そうした意味で、「再参加しやすい社会」は理念としては正しいのだが、企業にとってはインセンティブがなく、今のままでは現実性に乏しい。それどころか、すでに他社によって育成された「即戦力」の人を調達した方がいい、というある種の教育におけるフリーライダー的選択が有力になってしまうのである。

一方、新卒/第2新卒のような若手の採用においては「即戦力」は、専門的な即戦力性よりも柔軟な対応力といった潜在能力を重視しているのでは、という話を前々回の「「社会人基礎力」を巡る議論」でに書いたが、裏を返せば、このような採用では、ある程度長期的な関係を想定しているのではないか、ということが予想される。これは「即戦力」を期待していないというよりは、年齢が若くて先が長く(*3)、長期的な関係を想定するほど潜在能力を重視し、流動性が高いほど「即戦力」を重視する、という同じ方向性のものである、と言える。社員への投資とリターンの関係を考えれば当たり前かもしれない(*4)。

(*3)米国では「雇用における年齢差別禁止法」があるようだが…。
(*4)ただ、終身雇用の崩壊を強調し、市場競争力を高めるための自助努力を奨励して教育コストを圧縮する一方で、退職金や自社独自スキルの注入により優秀な社員の外部への流出を減らし、ロックインする「人材戦略」も見かけられるようにも思われる。退職金は、言わば「退職するまで使えないポイントカード」である。

ところで、冒頭に戻ると、結婚という関係はある程度長期的なそれを想定しているはずなので、反証例では、という話もあるが、恐らく恋愛結婚がデフォルトになる中で結婚の前に恋愛というフェーズがあることと平均結婚年齢が30歳近づくなかで、もう「潜在能力」の年齢でもなくなっている(年齢が上がるほど柔軟性がなくなり教育効果が減衰する)ことが理由だろうか。

いずれにしても、好むと好まざるとによらず、社会は加速度的にスピードと柔軟性を高める方向に向かっており、私たちが流動性拡大の渦に巻き込まれていることは確かだ。そうした中では、「買い手/売り手」といった市場のパワーバランスと相まって、「即戦力」の考え方や必要とされる個人の対応も、必然的に変化して行くのだろう。

【関連url】
[society] 新卒就職超氷河期の就職戦略 (2000年)
[society] テンプ・ツー・パーム(紹介目的派遣) (2000年)
[society] 転職コスト引き下げのための諸施策 (1999年)
[business] 米国の人事制度の概要 (pdf) (2005年)
[education] ビジネススクールへの期待ー企業ニーズに応えるための人材育成ー (pdf) (2004年)
[education] 大学における実務教育の可能性ーNPO実務能力認定機構が目指すものー (pdf) (2004年)

【関連(?)書籍】

4623045935若者が働くとき―「使い捨てられ」も「燃えつき」もせず
熊沢 誠
ミネルヴァ書房 2006-02

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ただ今読み中。
4757141033働く過剰 大人のための若者読本
玄田 有史
NTT出版 2005-10-25

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読んでないけど、もしかしたらすでに色々書かれてるかも。
4000093495年齢差別―仕事の場でなにが起きているのか
玄幡 まみ
岩波書店 2005-04

by G-Tools
日本的な感覚だと不思議に思わないかもしれないが…。出版社に少し詳しい紹介あり Posted: 2006年02月20日 00:00 このエントリーをはてなブックマークに追加
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コメント

なんとなくですが、こっちで今やってる事と似ているというか、
>>社会は加速度的にスピードと柔軟性を高める方向に向かっており、私たちが流動性拡大の渦に巻き込まれていることは確かだ
この一言でまとめられる現象の影響の幅広さと、それゆえ観察される似た特徴をまたもや感じました。企業においては若くて先が長い人を潜在性重視する余地があるとしても、結婚においては三十代前半では潜在能力を期待するのが困難に違いないというのは、すごくわかる気がします(じゃあ若年者の結婚なら潜在性重視に傾くんじゃないかという気もするけど、短絡的結婚の傾向が若年すぎる場合にはあるかもしれないからよくわかんないっぽい。でも、案外若年者の「結婚でも女漁りでもなく恋愛」には、未だ潜在性を引き出しあう傾向が残っているかもしれないと思ったり)。

 潜在能力を期待できるジャンル・年齢層では中~長期的お付き合いが重視される余地が残り、そうでないジャンル・年齢層では即戦力が好まれるというのは当たり前といえば当たり前でも忘れてはいけない事のような気がします。もうちょっと踏み込んでみると、
1.大抵の分野では、三十代まである程度戦力化してないと苦しそう
2.専門性・企業特異的スキルorノウハウを要求される業界では、若い男女を連れてきて潜在能力を引き出す方法が有効そうだけど、そうでない業種(特に、潜在能力を時間をかけて引き出すまでもない多くの労働)は即戦力でない人間は若くても苦しそう

となるような気がします。となると、専門性の高い業種・企業特異的スキルorノウハウを要求されない各業界・職種においては、雇用側は若いうちから即戦力か否かを問うてくると思いますし、(特に単純サービス業なんかでは)その即戦力性というのは対人コミュニケーションの可否によって相当の影響を受けるんじゃないかと推定します。いかがなもんでしょうか?

Posted by: シロクマ : 2006年02月20日 18:48

シロクマさん、どうも。

経営や技術など専門性の高い仕事やでは35-45歳ぐらいが経験・バイタリティのバランスが良く一番脂がのって生産性が高いので、ある程度長期的に見るのは当然っちゃ当然ですね。もちろん、それまでの相応の経験が積まれていることが必要なので、30代というか、30歳までには戦力化してないと厳しそうですけど。
#結婚市場ではピークが25-30歳と前に倒れてますから、30歳の位置づけが仕事と違うのは無理もないか。

経験値が生産性の向上に寄与する割合の小さい業種・職種では確かに潜在能力より即戦力なのかもしれません。ただ「対人コミュニケーション」はどうでしょう、接客系のサービス職では確かに人当たりのよさが重要ですが、力仕事では体力・筋力の方が戦力になり、一概に言えない気がします(もちろん他のメンバと上手くやっていく程度の対人コミュニケーションはないと居辛いでしょうが)。

Posted by: sociologic : 2006年02月21日 23:32

こんにちは、またブログ覗かせていただきました。また、遊びに来ま~す。よろしくお願いします
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Posted by: MONCLER ダウン : 2013年01月17日 23:23
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