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Columns: Society

イノベーションから最も遠い「イノベーションの国」

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日本は世界でも最も「イノベーション」が好きな国である、というと、「ガラパゴス」だの「パラダイス鎖国」だのと言われている中では余りにも意外な気がするが、コンサルティング会社の調査によれば、どうもそうらしい。

企業が競争に勝つために抜本的なイノベーション(変革)が必要と考えているCEOは、世界全体では83%であるのに対し、日本では96%と、日本が世界で最もイノベーションに積極的な地域のひとつであることがわかりました
抜本的なイノベーションが必要と考えるCEO、日本は96% −世界の主要企業のCEO 1130名に戦略的課題を調査−

中の人もプレスリリースを書きながら苦笑しているのではないかと思うが、多分、日本企業が好きなのは「イノベーションという言葉」なのだろう(*1)。実際、「イノベーション」という言葉をコーポレートステートメントや中期経営計画に掲げている企業は多いが、問題は実行が伴っているかどうかだ。

(*1)もう1つ企業が大好きな言葉に「戦略」があるが、これもしばしば状況が似ている。

カリスマが消えた夏」は同じIBMビジネスコンサルティングサービス(以下IBCS)の複数のパートナーが書いている、イノベーションを継続するための仕組みを作るための企業の7つの能力(R&D、ビジネスパートナ、アイデア創出、新規事業創出、業務プロセス・IT、人材活用、プロデューサ機能)がまとめられている本である。「カリスマが消えた夏」というタイトルは、「イノベーション」というと経営層の強力なリーダシップが必要だという話にすぐなるが、そうでない普通の人の企業でもできるよ、ということを言っており、構成としてカリスマ経営者が去った仮想企業をモデルにした物語仕立てになっている。

4822262170カリスマが消えた夏―成長戦略を導く七つのイノベーション・シート
IBMビジネスコンサルティングサービス
日経BP社 2008-07

by G-Tools

本書はIBCSのコンサルティングをお買い上げくださいという宣伝臭が強いきらいがあるが、日本企業がイノベーション(という言葉)が大好きであるにも関わらず、多くが現場レベルのカイゼン(カイゼンは実際に大好きで実行もしている国だ)に留まっており、具体的なアクションに繋がっているようには見えない苛立ちが伝わってくるようだ。

7つの能力の中でもとりわけ日本企業で敷居が高そうなのが、「人材が自由に出入りする企業」という人材マネジメントに関する能力である。要点を一言で言えば、企業のビジネスが変われば、必要なスキルセットも変わるのだから、どんどん人を入れ替えて人材の新陳代謝を良くすべきである、という提言であるのだが、これは多くの日本企業および日本人の考え方とはだいぶ異なる。

日本型経営としての「終身雇用」+「年功序列」システムのうち、「年功序列」は「失われた10(15)年」で従業員の年齢構成が高齢化する中でもはや維持できないということでほぼ崩壊したが、「終身雇用」の方は、企業の中核人材は新卒で集め、じっくり育てるという発想が(特に大企業では)まだまだ根強い。必要なスキルセットが変わるのであれば、人を入れ替える(解雇して新たに雇い入れる)よりも、配置転換や、再教育で対応しようとする「自前主義」である。

終身雇用については、「好ましい効果があるので維持していくべき」と「終身雇用が適している一部の職種では維持していくべき」を合わせると、8割以上が肯定的である。また、「年功序列」については、「好ましくない影響があるためなくしていくべき」との回答は半数を超えるものの、長期的な帰属意識を醸成するなどの理由から「年功序列が適している一部の職種では維持していくべき」との回答も3割弱あった。
新・日本流経営の創造:経済同友会 p.I-23 脚注

終身雇用が根強い1つの理由としては「日本で残業が多い本当の訳─ニッポンの美徳と妙技」でも指摘されているが、高コンテクストなコミュニケーションと「すり合わせ型」の業務プロセスを前提としていることがある。ひところのリストラ流行りの際には、リストラされた中高年の人が面接で「あなたは何ができますか」と聞かれて「部長ができます」と答えたという笑い話があったとかなかったとかされるが、新しい企業で部長が務まるなら、むしろ普遍的なマネジメントスキルを備えているということでは御の字と言うべきであり、長年勤めてきた企業のやり方が他社で必ずしも上手く行く訳ではない。

そうして市場価値のない企業固有の能力が個人が保有する能力の大部分を占めてしまうと、転職しようにも待遇が悪くなってしまい、それもあって日本の中高年の労働市場が若年層以上に活性化しない。在籍年数で増える(短期間で離職すると大きく減額される)退職金によるロックインも「人材が自由に出入りする企業」とは極めて相性が悪い。1つの企業にしがみつくことが個人にとって最適行動である以上、イノベーションの点からも、失敗するリスクをとって新しいことをやるモチベーションは起きにくい。他社の真似をしている時点ですでに革新的ではないのに、成功事例を求める前例主義に陥ってしまう。

こうした日本のイノベーションから最も遠い「イノベーションの国」の状況は、将来変わりえるのだろうか(*2)。個人的には、変わる可能性はあると思う。それは、大企業がもっと深刻な危機に直面することがきっかけになる。マスメディアをはじめとして、構造的な不調が指摘されているが、現状はまだまだ大企業には余裕がある。「失われた10(15)年」とその後の史上最長の「好景気」に起きたことは、非正規雇用を増やしたり、下請けを叩いたりして業績を回復させたという部分が強いが、中高年を始めとして大企業の正規雇用の水準は、裁量労働などで削減されているとしてもまだ比較的維持されている。

(*2)そもそも、生活者はイノベーションを求めているのか、ということは別の問題としてもちろんある。

今後、日本が人口減少により緩やかな衰退の道を歩むことになれば、企業はより深刻な危機に直面することになる。それこそイノベーションによって海外を含め新たな市場・新たな顧客・新たなビジネスモデルを見つけられた企業は別として、コスト削減、コスト削減で凌ぐ企業は、もはや削るところがなくなり、ロックインされ逃げられない正規雇用の賃金に本格的に手をつけざるを得なくなるだろう。将来の収入期待が、転職リスクを下回ったタイミングで、大企業を含む終身雇用の崩壊が起きることになるのではないか。もっとも手強い「黒船」は、「人口オーナス」や「人口減少」という形で、すでに内部に抱えているのである。

Posted: 2008年08月10日 00:00 このエントリーをはてなブックマークに追加
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