『飲んでません・が酔ってます・から書いた』 -2006年08月-

■8月2日は・・・2006-08-04 (Fri)
・・・色んな事があったねぇ。

国民的美少女コンテストのスポンサーに香港観光

「!」

ササッ!

え?イエローカード?

こくこく。

終盤ラウンド足もつれてフラついてるチャンピ

「!!!!」

え?もう一枚イエローカード?

こくこく。

「・・・・。」

え?退場だって??

こくこく。

そんなアホな。

自分の日記で退場って、それはナンボなんでも。


「・。」

え?管理人さんがルールブック?

そんなプロ野球の最近の審判の判定みた

「!!!!!!」

わかったがな、わかったがな。

もう危険域には踏み込めへんから。

ホームデジジョンという事で許してぇな。

「・・・・・・・・。」

え?なんか釈然としない、って?

こくこく。


音屋やからそっちだけやったらえぇ?

・・・・こく。

あの「君が代」だけは許せんねん。

いろんな国際試合で流れたら、他の国の国歌に比べて「あれれ」と思うぐらい短い曲やわな。

そやけど・・・。

5と7が基本の日本の和歌や俳句や・・・そんなんと、4の偶数倍数が基本の西洋音楽を折衷した「見事な音楽」なんやわ。

それは「先人の偉業」やわな。

政治とか思想とかいうのんを抜きに「お見事」と、しがない作曲家でも思うわけよ。

そこまでOK?

こくこく。

それをあそこまで崩したらアカンわな。

崩すのが絶対ダメとは言わん。

でも、崩すんやったら、「お見事」と言われる「歌唱力」と「崩し方」があって、初めて許されると思うねん。

その両方とも無かったら、もうオシマイよ。


今試しに極端ともいえる4分の5拍子で「君が代」鼻歌で歌って見たんやけど・・・。

それでもなんとかなる「深さ」をこの曲は持ってるで。

万人が聴いて、「ありゃりゃ」と思う歌い方出来るのは別の才能がいるな。

先人が自分の足元に積んだレンガの重みを知って、自分のレンガをその上に積みたければ積むべし。

ちょっと、キザかなぁ・・・。

「・・・・・・・・・・・・。」

■今日だけは・・・2006-08-10 (Thu)
・・・ガマンならんがな。

プロ野球やけどな。

あの誤審だけはガマンならん。

横浜-阪神やけど。

バットに当たったファールなんか、キャッチャー矢野の取り損ねか。


言うてしまえば、投球されたボールはベクトルな訳で・・・。

それが何かに当たった時にベクトルの方向、大きさが変わるんやわな。

あの時の映像はネットにもう流れてるけど・・・。

さすがに皮のミットであの方向とスピードは無いやろう。

有りうるとしたら・・・

1:矢野のミットが鉄で出来てる

時ちゃうんかいな。


そら審判も人間やから誤審はあって当たり前。

特に「あの位置」は陰になって見えへん場所。

でも、転がって行くボールを見て「状況判断」は出来るわな。

明らかに「固いモン」に当たった勢いやけど「自分からは死角」なんやったら塁審と協議して「どうやったか」を聞く事が出来る訳や。


「自分がルールブック」という審判の決断も大事。

そやけど死角やった場合「見える位置」にいる審判との協議も大事なんやないかと思う次第。

実際、ハーフスイングの時は塁審の意見聞いとるがな。

あの時点でコールする前に塁審に聞いてたらファールになったやろな。


こんな試合に限って解説者が「歯に衣着せない」福本さん。

「あんなん、当たってますがな」

・・・しばらく福本さん、テレビの解説に出てけーへんのかなぁ。

あの人の解説・・・好きなんやけどなぁ。

■永遠という名の・・・2006-08-14 (Mon)
・・・パラドックス。

10日に中国で発売された「江沢民文選」の記述で1998年8月、在外大使ら外交当局者を一堂に集めた会議の席上、「日本に対しては歴史問題を永遠に言い続けなければならない」と指示した事が明らかになったらしいね。

時期を考えると、自民党総裁選や15日の靖国参拝問題に対して圧力をかける意図があるんやろうね。

「文選」とは神聖にして犯すべからずな、「ほとんど聖典」らしいから、これが修正される事はほぼありえない・・・んとちゃうかな。


ところが・・・「永遠に圧力をかけ続ける」というのは「圧力をかけない」もしくは「圧力が意味をなさない」と同義であることに当局は気付いているんだろうか。

抽象的に言えば「永遠に圧力をかけ続けられる」ことに対する「もっとも効果的な反応」は黙殺であり、無視だ。

具体的に言えば、例えば小泉首相が15日に靖国神社に参拝して中国当局が抗議をしても、「参拝しても参拝しなくても永遠に『歴史カード』を使うのなら、靖国神社参拝が『歴史カード』にならないことを主張する為に参拝した」と言えるわけだ。

逆に参拝しなかった政治家は「永遠に圧力をかけ続けられる」ことに「永遠に屈する」政治家だ・・・と国民にみなされる可能性も無視できない。

中国の読み違いは「日本人は日常的には感情的に(時に自虐的に)考え、行動する」が「一度論理的に考えて結果が出たならば、その結果に沿って行動する」自律思考を持っているという国民性に対する視点を持っていなかったことだ。

この「自律回路」が日本と言う国の工業製品を模倣からさらなる改良に走らせ、そのうえに自国の新しい技術を開発し「メイド・イン・ジャパン」のブランド化を加速したという認識が欠けている。

今、政界は15日の身のふり方で混乱を極めているんじゃないだろうか。

参拝すれば外国からの圧力・・・これだけ単純に割り切っていれば良かったのが、参拝しなければ内側からの圧力がかかる可能性が出てきた。

ある意味最悪のタイミングで「江沢民文選」が出たと言っても良い。


ともあれ日本国民の「自律回路」は作動を開始してしまった。

結果はどう出るかは分からない。

しかし、「この時期に出版しなかったほうがマシ」な方向に傾く事は否めない。

パラドックスを提示した側がそれに気付いてももう遅い。

■ちなみにワタシは・・・2006-08-14 (Mon)
・・・右翼でも左翼でもありません。

ましてや中道でもなく。

「見守る傍観者」として

ふわふわと浮いている

そんな生き方でありたいなぁ。

■モーツァルト生誕・・・2006-08-18 (Fri)
・・・何百年かだそうで。

ヒーリングミュージックとして良いとか、脳が安らぐ波が出るとかいう説を読んだり聞いたりするんやけどね。

ホンマかな・・・。

よく病院で流してるんやけど。

聴くと落ち着かなくなる。

音の跳躍、過剰な装飾音、過剰なトリル・・・Etc

何か落ち着かない。

あの音楽を「ヒーリング」と感じるのは日本人の耳なのか西洋人の耳なのか。

例えば秋の虫の声に対して西洋人は「雑音」って感じるんいう研究結果があるよね。

いつ誰の耳を基準にして「ヒーリング」としたか、一度調べてみたいと思うところ。

ワタシだったらヨハン・シュトラウスの「ウィーンの森の物語」の方が落ちつくけどなぁ・・・。

■昔のゲーム、今のゲーム・・・2006-08-23 (Wed)
・・・って線を引く事がバカらしいとは判ってる。

でも作品に関わる時に、自分の中で「これだけはしたくない」と言うのがあって・・・。

それが大多数を占めるか否か・・・で自分の中では線が引けている。


それは最後の「お化粧」。

出来上がりました、面白くないです、どりゃー見栄えを良くしろ、長く遊べるようにしろー・・・っていうのはムナシイんだわさ。

昔、2HDのフロッピードライブ2台を条件に作ってた頃は・・・。

出来上がりました、面白いですぅ、そうかやったかー・・・でもディスクに入らない・・・(冷や汗)

ここから、何を簡略化して何とかディスクに詰め込むか、という作業が発生して、妥協をするわけなんやけど。

それでも出来上がったゲームは面白いと言って貰える。

たまに、こういう部分をもっとこうすれば・・・というユーザーさんの声も入ってくるんやけど、それは最後に泣く泣く省略した部分なのよ。


でも、そのうち「最後にドタバタと容量調整しなくても良いようにするディレクター」が出現して・・・。

そりゃ、容量を食う部分を最初から省いていたら、ドタバタ無し、マスターに間に合う「優等生」なゲームが出来るわな。

でも、そういう場合「出来ました・・・お化粧じゃー」が非常に多い。

娘を嫁に出す時に、「これ以上嫁入り道具はトラックに入れへんけど、お前は世界一キレイなオレの娘じゃ、堂々と可愛がって貰え」というのと・・・

「うーん・・・これだけではなぁ・・・もっともっと嫁入り道具を『梅』から『松』・・・いや『特上』に」って送り出すのの違いかなぁ。


とーこーろーがー・・・・・・・・。

ハードの進歩と言うのは恐ろしいもんで、ほらCD−ROMやDVDや・・・って「そんな容量人間が埋められるかぁ!!!」という時代になった。

泣く泣く最後に容量を削っていたタイプの人間にギガ単位のゲームを作らせると「何年経っても出来上がらない」、最後にお化粧タイプの人間が作ると「最初からお化粧の嵐・・・それでも容量が埋まらない」という事態になってるんとちゃうかなぁ。

何がベターかは判らないんやけど。

ソフト業界全体が少し足踏みしてじっくり考える時期に来てるような気がする。

ハードの構造から見て、次の世代のゲームは「ソフトに大きな負担がかかる」のは確実。

だから損益分起点も上がるし、値段も上がると思う。

その値段に相応しいゲームを作れるのか・・・。

それが業界全体の課題やね。

■世の中に・・・2006-08-30 (Wed)
・・・ビジネスの会話でジョークを入れると「失礼だ」と感じる人がホントに居る事を知って唖然とする。

ジョークって言ってもまぁ、タチの悪くない「全国区のジョーク」やけどね。

これが大阪人で、古い付き合いの元同級生なんかやったら、2段オチ、3段オチ、階段オチぐらいがつくドツキ漫才なんやけどなぁ。

付き合いが長くなればなるほど、ボケに対するツッコミが予想通りになって、しかもそのツッコミに対するボケもあらかじめ想定してるから長くなるんやね。

これに対して「笑えない」人を大阪人は「サビシイ人」やと思う。

最近、実家でナイターが無い時、夕食中にテレビを見ると芸人の「芸の質」の低下に驚く。

あれやったら、居酒屋にトモダチと飲みに行ってる時の会話の方が芸達者やがな。

昔は吉本も松竹も、ええしのオッチャン、オバチャン、娘さんの気楽な娯楽やったんやけど、あれでは見に行かんわなぁ。

漫才する人は、ホンマにアタマの回転の速い人やと思う。

アホがアホさらけだして笑いとるようになったらシマイやで・・・。

「サビシイ人」が増えるんもしゃあないか、と思う今日この頃。

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