『飲んでません・が酔ってます・から書いた』 -2004年10月-

■久しぶりに自転車で・・・2004-10-01 (Fri)
・・・走った走った。

何k走ったんやろう、しばらくご無沙汰してる友人とこみんな回ったもんなぁ。

「梅田」に行って知りました。

「ウチのケースより大きなケースはもう無いらしい」と。

Dellのケースの大きい方、結構大きいと思うたけど、やっぱり5インチベイ3つぐらい小さいもんなぁ。

ウェブでは大きく見えた筐体も、それより小さかったもんなぁ。


ソフマップのMIDIランドにだけは近付いたらアカン、アカン・・・と思いながら・・・。

勝手に足がそこへ向き・・・。

多分自分が欲しいと思うような新製品は「もう出ない」んとちゃうか、と思い知る。

ラックマウントでもハーフラックサイズでもエフェクター無いかなぁ・・・と思うたんやけど、あれへんがな。

『何時の間にかエフェクトはパソコン上で掛けるモンになっていた』という、浦島太郎の気分。

「音響」の分野でそうなんは割り切れるかもしれへんけど、「音楽」の分野では割り切れへんなぁ。

ここや、ちゅうとこまでツマミを絞っていくあの緊張感はマウスでは味わえんしなぁ。

「便利なプラグイン」使うてる人、ホンマに操作感、満足してますか?

パソコンのソフトウェアがそうなるんはえぇんよ、まだ。

なんか機械モンの操作性も疑問を感じるなぁ・・・。


存在するうちにアナログの大型ミキサー買うとかなアカンかなぁ・・・。

なんかそんな気がする。

・・・問題は「置く場所が無い」に尽きるんやけどねぇ・・・。

スタジオと資料室を分けようかな。

模様替えで下敷きになりたないなぁ。

とほほほほほほほほほ。

知り合いの店に行って面白いもんを見つける。

どんなモンかはヒミツ。

でもそれも置く場所が無い(T_Tχ)

■イチロー頑張る・・・2004-10-02 (Sat)
・・・ねぇ。

あ、中日が優勝しはったそうで、おめでとうございます。

来年はお手柔らかに・・・って後は金本の得点王を気にしてるワタシですが。

あのデッドボール後、片手でヒット打ってるのん見てたら、神さん、得点王のタイトルやってぇなぁ・・・と思いたなるよねぇ。

手首痛めてながら片手でヒット打ってる金本見てて、思い出したんがイチローですわ。

打球が同じようなスピードで同じような距離飛んでも、器用に人のおらへんとこに打つなぁ・・・って。


「人のおらへんところに打つ」って凄い難しいことなんやろうね。

えぇアタリやけど真正面っちゅうん、ぎょーさん見とるからそう思うんやろうけど。

「フェンスの向こう側に打ってやる」ちゅう色気持つと、もうアカンのかもしれん。

金本は「今の状態ではフェンスの向うに届かんわ」って割り切ったんかもしれんね。


そう言えば、最近「打撃の職人」と呼ばれるようなバッター減った気がするなぁ。

以外に「中距離バッター」と思われてる人にホームランが多い。

筋肉トレーニングなんかで、プレイスタイルを改造出来るようになったんかねぇ。

なんかそれもサビシイなぁと思ってると、イチローについてのこんな評価が書いてあった。

「イチローは野球をベーブルース以前に戻した」って。

つまり、打って投げて走って・・・そういうモンで、ホームランだけやないと。

イチローと一緒に海を渡ってしまったモンは数々あるような気がするなぁ。

・・・と〆ようとしたら、阪神・・・引き分けやけど金本打点107になったか。

大リーグとプロ野球、スケールはちゃうけどえぇモン最後に見たいなぁという阪神ファン最後の楽しみでした。

■前にも書いた・・・2004-10-03 (Sun)
・・・事だけど。

楽器メーカーさん、自社の音源の内部コントロールにMIDICC(ミディ・コントロールコード)を使うのは止めてーな。

うわっちゃー、ハード壊れてしもたがなーと慌てまくった人間がここに1人。

自社の機器内だけでMIDIOUTから出さないとかMIDIINで受けないとかフィルタリングしてるならともかく。

送り手も受け手も「全然別の意味」で理解するから、知らない間にジゴクの音が・・。

確かに同じ会社のシンセ同士を繋ぐなら便利な場面もあるんだけどねぇ。

一気に数台のシンセの「設定」を「細かく」コントロール出来るとかね。

MIDI規格作るときに同一会社専用の端子をMINI−DINケーブルか何かで規定しておいた方が良かったのかもしれないねぇ。
(ちなみにMIDIケーブルはフツーのDINケーブルです。)


まぁ、もう「音源という楽器」も消えつつあるみたいなんで、混乱はなくなるんやと思うけどねぇ。

はぁ・・・それはそれでもやっぱり規格は突き詰めて作らないといけないなぁ(と、あらぬ方向を向く)。

これ以上書くと身が危ないので、であであ〜♪

■風邪をひいたか少し熱があるので・・・2004-10-04 (Mon)
・・・久しぶりに料理の本を出して来て寝椅子で読む。

ワタシ、料理の本は好きなんやね。

特にフランス料理と中華が多いんやけど。

これはキノコアレルギーという「どーしょーもない」体質を背負ってるから、店で食べられへんからなんやわ。

・・・で、本、ちゅうても「味」に関する知識の類からレシピ集まであるんやけど、なんか美味しそうなんはキノコ類抜いて、自分で作ってみるんやわ。

こんなんやから嫁来ぇへんのとちゃうやろか(笑)


まぁ、今日の話題は、その「料理する」ちゅうことと違うて。

なんやかんやの解説についてやねんけどね。

色んな料理の歴史やなんかの本には「料理は芸術の一種である」みたいな書き方してるもんが多いんやけど、やたらに音楽に例えられる事が多いんやわ。

それは、過ぎてしまえば消えていくちゅう特質からなんかなぁ。

ワインの選び方にこんなんがありました。

「どんなワインもその前に飲んだワインを懐かしがらせてはいけない」と。

ワタシはそういう仕事はせんけど「何楽章」にもわたる曲書く人間にはなかなかしみる言葉やろうね。

食べ物のウンチクに関して、こんな警句もあったで。

「骨董屋の丁稚であっても本物を見続けるべき」やて。

ウンチクも大事かもしれんけど、まぁ、食え、まぁ作ってみ・・・ちゅうこっちゃろうねんけど。

確かにどんなに詳しい写真集持ってても、どんなに展覧会行こうとも、骨董は本モンを触った経験が山程あってこそ、真贋の区別がつくんやろうねぇ。

音楽やったら、ある程度はクラシックも聴け、ちゅうことかなぁ。

出来れば名演ちゅうやつをね。

楽譜をレシピに例えて「歴史的資料」として見て、同じ資料を入手しても、すぐれた歴史家と凡庸な歴史家とでは解釈の当否が出るように、音楽家でも料理人でも差が生まれてくる・・・って書いてある。

それは、「楽譜もレシピ」も実際の「演奏や料理」を伝えるにはたいへん不完全なモノであり、演奏家や料理人がそこからスタートして到達しようと考えている目標が違うからだ・・・と。

そして、その目標としてる「名演」(名作)が各人によって違っていて、極端な話、ある演奏家や料理人はそれ(楽譜やレシピ)で自分のテクニックをひけらかそうと思い、ある演奏家や料理人はそれで自分の個性を忘却して作品なり料理に奉仕しようと思う・・・んやて。

実際はその間に無数の立場の選択肢があるんやろうけどね。

なかなか、タメになりました。

たまには熱もえぇかいな。

■うーん寒いねぇ・・・2004-10-05 (Tue)
・・・という事で夜食に「暴君ハバネロ」入りカレーを食べようかと思って、数時間後の惨事を考えて止める事にする。

胃の状態が悪い時にそれ食べる・・・ってやっぱりアホやわなぁ。

いつになったら食えるやら。


と、言うことで昨日は料理人と演奏者の話を書いたんで、今日は、レストランのオーナーシェフと楽器を弾けない名経営者の話を書こうかなぁ。

電気楽器というか「現代のエレキギター」を語るときに絶対に忘れたらアカン人物が2人おるんやわ。

1人はギブソンの社長をしてたテッド・マッカーシーという人、もう1人はフェンダーの社長をしていたレオ・フェンダーちゅう人。

今、楽器屋で売ってるエレキギターやベースの基本は9割5分までこの2人が在籍中の2社で作られたといっても過言やない。

残りの5分の半分が「フロイド・ローズ」ちゅう人と「ネッド・スタインバーガー」ちゅう人のアイディアかな。

勿論、テッドやレオ以前にも楽器はあったんやけどね。

チューニングとか機能性、多様性という意味では古色蒼然としてた。

この「偉大な2人」に共通するんが、「ギターを弾かれへんかった事」ちゅうんが面白いんやわ。

特にレオ・フェンダーは製品の実験をいつもフルボリュームでするんで、工場に爆音が響き渡り、当然ギターのネックを押さえてコードで音を出す、なんて事はでけへんかったんで、頼み込んで「オープンチューニング(ネックを押さえなくてもコードとして音がなる特殊チューニング)」にしてもろてた、ちゅうから驚きやね。

テッド・マッカーシーちゅう人は自分で音を出すんではなくって、自分や工場の人間が思いついたアイディアを如何に「実用的に洗練させるか(つまり、如何に単純な構造で実現するか)」を考え続けた、「紙の上の人」やったらしいね。

この2人が工場に居ても居なくても、工場は良質な楽器を生産し続け、それが今「ヴィンテージ・ギター」って言われて凄いプレミアついとるんやわ。


この辺り、名オーナーシェフのおるレストランと同じかな。

一生懸命修行して、評判になって店が満員になって、店を拡張して・・・。

そうしたら、全部の料理、そのオーナーシェフが作れるはず無いんやわね。

多分60人ぐらいで満員の規模になってるはずやから。

それを自分の下で修行してるコックさんに指示して作らせる。

この時点で「どうしようもない料理人」はフルイにかけられるんやろうね。

少なくとも指示したものを指示した通りに、予想できる味で作ることの出来ないコックはクビになる・・・と。


・・・で、楽器業界の場合、えぇ会社には巨大資本が入ってきて、まぁ会社を買い取る訳やね。

この辺り、今のIT業界もそうかもしれへん。

そうなると、人事や総務やなんやかんやと人が入って来て、最後には「生産のどの過程にどの人を回すか」とか「その部分の責任者は誰か」とか親会社が口をはさむようになるんやね。

理由は違うにせよレオ・フェンダーもテッド・マッカーシーも1965年ぐらいに会社を辞めるか、名誉職みたいなもんになるかしてる。

そして、それから1〜2年で楽器の品質は目に見えて下がっていくんやね。

この2人、タイプは違うにせよ、会社に出てくる限り工場を見ない日は無かったと言えるんやわ。

工場で何か問題が出ていないか、何か新しいアイディアを出そうとしている人間はいないか、働いている人間の士気はどうか・・・。

会社が大資本に買い取られ、トップが工場を離れた大都会のオフィスでビジネスに徹すると、工場の製品の品質が、どんどん落ちていった。

この2人、楽器は弾けなくても、工場というオーケストラのコンダクター(指揮者)としては有能な人物やったんやな、って事が判る。


料理をしないレストランのオーナーもおるね。

故フェルナン・ポアンの名レストラン「ピラミッド」は未亡人のマダム・ポアンが1986年に亡くなった後、やはり人手に渡って一時の名声を失ってる。

今は再出発してえぇとこまで行ってるみたいやけど・・・店内の写真を見た瞬間に「完全な復活はまだやろ」と感じた。

大した事ちゃうんやけどね。

テーブルクロスが変わってたんよ。

マダム・ポワンが存命中は真っ白なテーブルクロス。

今は、「漂白してない」ちゅうたらえぇんやろうか、味のある白っぽいテーブルクロスやねんけど・・・。

注文したワインの色を確かめる時にはグラスを通して真っ白なテーブルクロスを見るのが最良らしいわ。

柄モンのクロスしてるところは問題外らしい。

あぁ、バカンスの地やなぁ、ちゅう「旅情」が感じられるテーブルクロスなんやけど、志が落ちたかもしれんなぁ・・・という感想はまぬがれへん。

それを見ると厨房には立たなかったオーナー、マダム・ポアンは存在するだけで意義があったんやなぁ・・・と思う。


料理人と演奏者、レストランのオーナーと楽器メーカーの社長。

なんか共通のモンがあるようにしみじみ思うなぁ。

■昨日は本当に・・・2004-10-07 (Thu)
久しぶりに管理人さんと日本橋で買い物。

延々と歩き続け、小さなビルの階段を登っては降り登っては降り登っては降り。

しかも買い物の内容がオマヌケと来たもんや。

もう帰ったら全身疲労コンパイ。

しかし、最悪なんは昨日の夜中に夜食として食った「暴君ハバネロカレー」

美味かったんやけどねぇ。

戦ってます、戦ってます。

今も消化器全般に戦線を拡大しながら戦ってます。

・・・ということで、「オマヌケ買い物記」はちょっと待ってな。

あっ・・・オナカ様が・・・たたたたたたたたたたたたたたたた。

■と、言うことで・・・2004-10-07 (Thu)
・・・胃の「あやや」も納まったので。

日本橋アホ道中記。

地下鉄日本橋の駅の側で管理人さんと待ち合わせ。

「・・・・・。」

きゃー、管理人さん、相変わらず無口でシブいわぁ〜ん。

で、北から攻めていくんですな。

まずケースから見るというのがワタシらしいところ。

5インチベイが10、前面総金網、ファンの効果効きまくりというのを見つけて、「うーむ」と唸っていたら管理人さんが、なんとケースの上部にまでファン用のダクトがあるのを発見。

冬場にここにマグカップ置いといたら、コーヒー冷めへんな・・・ということで、これはほぼ決定。

ここから、電源を見たりMPUを見たりメモリを見たり・・・をほとんどの店で行う。

・・・ちゅうて、書くのは一行でも、実際はヘロヘロになるよね。

・・・あ・・・管理人さんが・・・

「・・・・・・。」

管理人さんが立ち止まってじっと何かを見詰めている時は・・・

掘り出しモンに違いない!!

えーっと、ここでどんなマシンを組むかという事ですが。

MPUはLGA775のペン4の530。

グラフィックボードは普通で良し・・・と。

S−ATA160GのHDDを5台用意して・・・。

1台を起動用に、4台でRAID0+1を構築するという力技。

で・・・管理人さん何でじっと見てるのん?

「U#{*‘+L‘_*+LRYIP?M>_+‘=O・・・!」

え?これはタダのS−ATAとちゃうって?

こくこく。

「・・・・・・。」

え?これはS−ATAUちゅうて、これこそ本命中の本命な「速い」S−ATAなん?

こくこく。

うーん・・・・最初に買おうと思ってたHDDとちゃうけど、まぁこれは帰りに残ってたら一気買い・・・と。

・・・で端まで行って、帰りにちょっとした買いモンをしたんやけど、それはまた別の話。

その店を出たら見えたんは・・・ををっ・・・あのHDDを買うと決めた店。

・・・で在庫を覗くと・・・うわははははは、ワタシにも神さんがついてたでぇ。

いきなり5台のHDDをドンとレジに置くワタシ。

これ貰いまっさぁ〜。

レジを売っていく店員さん。

『管理人さんに間違いなし』なんやけど一応聞いてみる。

「これS−ATAUですねぇ?」

「えーっと・・・そうですよ。まだ対応しているマザーボードが無いけど上位互換なんで大丈夫です。」

え”?

・・・ここで「やっぱり止めておきます」と言える根性があったら、今ごろワタシもっと大儲けしてますがな。

まぁ・・・えぇか。

あ・・・OSもHDD買うた時に買わないと・・・危ない危ない。


次、マザボ、行こうかぁ!

・・・ところが。

S−ATAを5台繋げられるマザーボードでLGA775なんは・・・

『メモリがDDR2以外対応してへんかった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』

くぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・これはメモリ2G積もうと思ってたワタシにとっては一生の不覚。

なんでってRAMはDDRとDDR2で倍近い値段の差があるんよ。

いや、マザボって言うてもASUSだけやけどね。

管理人さんにとって「マザボと言えばASUS」「酒は辛口、菊正宗」「体位は、あ何を痛い尾pft入水尾PD@『gj歩;で:;.ふじs;:

「!!!!!」

いや、まぁ冗談はさておき、マザボはASUSでしょ?

こくこく。

それ以外は?

ふるふるふる。

ほら、こういう性格なんやわ。

帰りに下げたWinとHDD5台とその他ちょっとした音楽機材が入った袋は、それはそれは重かったそうな。

(第一部:完)

ちゅう訳で何か無いか必死に必死にマザボ関係の情報を探しながら、仕事も忙しいワタシでした。

あはははははははははは(錯乱)

■台風が来るらしいので・・・2004-10-08 (Fri)
・・・急いでベランダの植木を避難させてるとぉ

・・・網戸壊したがな。

いや破れたんやなくって、枠を止めてる金具関係なんで、ドライバとペンチですぐになんとかしたんやけどね。

それでも雨風の中、しゃがみ込んでするんはなんかうっとおしい。

あ!物干し竿もベランダの床に置いとかな・・・(たたたたたたたたた・・・)

(・・・・たたたたたたたた)いや、ナンボそこまでって言う人もおるやろうけど、現に前の台風で上層階から物干し竿落ちたからね。

落ちた現物をマンションのエントランスに「展示」して「こういうキケンがあるんで気をつけて下さい云々・・・」っちゅう注意書きが書いてあったけど。

あの物干し竿の折れ曲がり方はシャレやないわ。

一気に「WWW」って漢字でグシャっと・・・人間業やない。

下に人おったら恐いでぇ。

多分10階より上から落ちたんとちゃうかな。


まぁ、今回の台風はデータ見てる限りかなり強いみたいやし、多分紀伊半島に上陸するまで海の上やろうからなぁ・・・。

シゴトの電話で「明日は気をつけて」と言うたら、「明日は土曜日です」というツッコミが・・・。

まぁ、この週末は外出は控えた方がえぇやろ。

・・・と言うのでオデンを炊いてしのごうとするワタシ。


『富士には月見草が観樹にはオデンがよく似合う』な季節到来か。

まぁね、ワタシ、「カッパーズ」やし。

観樹と信吾の「よろずあやかし引き受けます『信吾妖物捕物帳』」なんてSSは無いで。

絶対無いんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

観樹の使い魔の大蜘蛛の「小太郎」ちゅうんがおって、ソーメンでもシラタキでも「細長いものが好物」なんて設定も無いし・・・。

長屋の隣の住人が大工の源さんで、独立するのに親が用意した金を島原のなじみの女郎を身請けする金に使って勘当されて今はビンボー長屋暮らし・・・なんて設定も無いんやで。

無いんやで。

幻の第1話を読んだ事がある・・・ちゅう人は夢を見てたに違いない。

新撰組の加藤と飲んで帰ってきた信吾が長屋で飲み直してるのに、観樹が2人っきりになりたいから早う帰れとお燗する酒の温度がどんどん上がっていって、トックリの中で煮え立った酒を見て加藤が逃げ帰る・・・なんて、あんさん、それは飲みすぎで見た夢に違いない。

くれぐれも誤解せーへんように。

そんなソフトが出る可能性は0%やからね。

一夜戯れに秀丸エディタに向かった記憶はあるけど、どーしても設定上話が少しアレにならざるを得ないんで、封印したのは確か。

こういうモンは老後の楽しみにでも取っておこかぁ。

それまで、みんな長生きするために台風には気をつけてやぁ。


■・・・と万全の用意を・・・2004-10-09 (Sat)
・・・していると、伊豆半島に上陸、関東直撃やがな。

ウチの方は午前中雨が降ったりしたものの、穏やかなんでなんか悪いなぁという気分。

ウェザーニュースの「台風情報」に「実況リポート」ちゅうんがあって、アクセスした人が自分の所在地の状況書いたり、デジカメで撮った画像アップしたりしてるんやけど、それを見て「うわぁ・・・タイヘンやなぁ」と思う。

雨・風ともに凄まじい感じで道が冠水してるところもあるみたい。

数日前の地震で地盤の緩んでることろもあると思うから、避難勧告なんかの情報にはくれぐれも気ぃつけて下さい。

関東におる、あの人、あの人・・・みんな大丈夫かなぁ。

「静岡県・石廊崎で最大瞬間風速67・6メートル?!」・・・ちょっとシャレにならんなぁ。

昨日も書いたけど、マンションの密集地の風の通り道とか、ホンマ信じられへんモンまでベランダから飛ぶんで、他人に迷惑かけるんも後味悪い事やから、そっちの対策もよろしく。

・・・とは言っても無茶苦茶風が吹いてる中、本人がケガするんもつまらんことなんで、無茶はせんといてな。


たしかに岬なんかで吹く風は強いんやけど、それは「予測されるから観測してる場所」なんやね。

ところが、ウチの近所は大きな工場が移転した跡に大型マンションが建ってるところなんやけど、ある特殊な環境下にあるんやね。

それは大阪湾岸近くにあるという事。

真っ直ぐに通ってる道が少なくて、しかも直角に交差する交差点が少ないんやわ。

これ、淀川の堤防が切れた場合に一気に水が流れ込まないように、少しでも逃げる時間を稼ぐための生活の知恵なんやけどね。

まぁ、まだ堤防が土で出来てた時代のなごりやね。

ところが道の方向はそのままで大型マンションがニョキニョキ建った。

・・・という事は・・・。

横丁から風は真っ直ぐに走ってる道に集まって来るんやよ。

自転車で走ってて、そういう道との交差点に入った途端に「ドカン」と横向きに強い圧力受けますわ。

一度は自転車が横向きに1m近くズレた事もある。

そういうトコロは気象庁の観測点に入ってへんからね。

いわゆる「オフィス街の風」なんかも似たようなモンやと思うけど、そっちの方にも気をつけて下さい。

皆さんの周りで災害が起こらへん事を祈ってます。

・・・そやけどあの人やあの人やあの人やあの人・・・大丈夫かいなぁ。

■今日は体育の日・・・2004-10-10 (Sun)
・・・というか、目の日でもあるらしいですが、一昔前はこの日に学校の運動会をしたもんですけど、最近はちゃうみたいですな。

体育の日に学校行事をやって、休日なんで親も弁当持って見に来る。

次の日が休日とちゃうかったら、朝から町内うろついてんのはコドモばっかりですわ。

こんな日が年に何回かありましたな。

オトナが居ないコドモだけの町内はなんか新鮮な気分がしたモンです。

体育の日を動かして連休にして、しかもそれ以外の日に運動会をやる。

そんな事をしながらテレビのビデオカメラの宣伝は運動会ばっかり。

これ、オトナに有給取れ、ちゅう事ですか?

・・・なんか、おかしい気がしますなぁ。


チャットで話題になった事なんですけど、関東の人は「名古屋へ行ったらオミヤゲは赤福」ちゅうてよう言いはります。

ワタシ、これが判らんかった。

どうやら名古屋駅で売ってるかららしいんですが・・・。

「赤福言うたら伊勢、伊勢いうたら赤福」でっしゃろ。

関西の小学校の修学旅行と言うたら「伊勢」で、オミヤゲを買うために持っていく金額は決まってるんやけど「赤福」だけは別格で、近所に親類縁者が多い子は一軒一軒配らなアカンので、旅行前に予約を書く封筒の中にお金を入れて「先渡し」してましたな。

やっぱり、赤福は伊勢で買わなご利益が無い気もするんやけどね。


修学旅行=伊勢で無くなったんも影響してるんでっしゃろか。

伊勢神宮への参拝が、君が代がどうの靖国神社がこうのっちゅう主張する人から見て色々あるんかもしれませんな。

そやけど、実は「一生に一度は伊勢参り」ちゅうんは江戸時代からの風習で、「国家神道」の方向が明確になる明治維新以前のことなんですけどね。

実は、これかなり重要な意味があったんですな。

街道の整備とかそういう「お上」の都合はさておいて。

このころ、暦は「太陰太陽暦」というのを使っていた。

何年に1回か閏月というのが入って、今の太陽暦よりもややこしかった。

今の太陽暦も4年に1回閏年に2月29日を入れて、ただし西暦で100で割り切れる年は閏年でなく、しかも400で割り切れる場合は閏年になる・・・まぁこっちもややこしいモンですけど、例外を一生に2回も迎える人はなかなかおりませんな。

で、その「太陰太陽暦」ですけど、江戸時代に暦を作るんはご法度で、宮中とそれから伊勢神宮だけが、これを作る事を許されていた。

この「暦」がないと商売人は当然困る、庶民でも困る。

まぁ、前者は取り引きのお金のやりとり、後者は借金の返済と立場は違いますけど。

それで町内で伊勢参りをしてきたモンは必ずお札と暦をもらって帰ってくる。

これを町内で利用した訳ですな。

この風習が明治時代になってもそのまま残って、カレンダーというもんが出来ても続いて、そのうち交通機関が発達して、日本の大抵の場所でも伊勢から1〜2日もかけたら帰って来れるようになった。

もう昔のような暦のありがたさはありません。

それでも伊勢に行ったご利益をご近所に配るモンは無いかいな?

これで「赤福」が伸びたと思うんですけどね。


ちゅうわけで伊勢参りは国家神道系とは違うっちゅう事は判ってもらえたかと思います。

別に伊勢の観光業者の回しモンやないけど・・・「修学旅行は伊勢でオミヤゲは赤福」でえぇんとちゃいますかね。

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